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琳昭館高校には、たくさんのクラブ活動がある。
まず運動部では、陸上部、野球部、サッカー部、バレーボール部、バスケットボール部、ソフトボール部、水泳部、テニス部、バドミントン部、卓球部、ラグビー部、剣道部、柔道部、空手部、弓道部、アーチェリー部、フェンシング部、新体操部、チアリーダー部、ハンドボール部といった主立ったものから、プロレスやボウリング、ラクロス、ボート、サイクリングといった同好会や愛好会といった規模の小さいものまで。
さらに文化部も、新聞部、放送部、写真部、美術部、文芸部、マンガ研究部、合唱部、吹奏楽部、軽音楽部、演劇部、落語研究部、華道部、茶道部、生物部、ロボット工学部、社交ダンス部といったものがそろっていた。
特に琳昭館高校では、勉学と共に運動系の部活動を奨励していることもあり、生徒たちの活動はとても活発だ。もちろん、幽霊部員の吹き溜まりという部活動も少なくないが、毎年、いくつかの新しいクラブ活動が発足し、数が増えている。その数は一〇〇に達しそうな勢いだ。
そして、今日も琳昭館高校の地下に新たなクラブが誕生した。
その地下室への階段は、生徒のほとんどが存在すら知らない。近くを通りかかっても、まったく気がつかずに通り過ぎ、それゆえ、半ば、学校の怪談の類にされているくらいだ。
そんな場末に部室を構えることになったのは、他に手頃な場所がなかった事情もさることながら──なにせ、この高校には部活がありすぎる──、発起人である田隈太志<たくま・たいし>の希望でもあった。
太志は琳昭館高校の二年生だ。顔色がやや青白く、陰気な印象を与えるが、優等生タイプで、実際の成績もいい。学年では、学園のマドンナ、待田沙也加に次ぐ。
「本当にここでいいの?」
新クラブ発足に当たって、顧問を名乗り出た毒島カレン<ぶすじま・かれん>が曰くありげな目線を投げかけた。正式な部はもちろんのこと、同好会や愛好会の場合でも、顧問の先生がいないとクラブ活動として認められない。本来、教員ではない、ただのカウンセラーであるカレンが顧問を務めることになったのは異例中の異例だが、なにしろ部活動の多い琳昭館高校では先生方が顧問を掛け持ちするケースも多く、少しでもその助けになればと引き受けたのだった。
二年生の太志は、唯一の部員である早乙女蜂子<さおとめ・ほうこ>と並びながら、満足そうな笑みを見せた。
「充分ですよ、先生。ここなら我々のスタート地点としてふさわしいですし。──なあ、早乙女くん?」
太志の言葉に、蜂子は黙ってうなずいた。顔の半分は覆いそうな大きな丸いメガネが、反射の関係で表情を隠している。蜂子も太志と同じ二年生だが、こちらは発育がよかったようで、制服の上からも豊満な胸がこんもりと盛り上がっているのが分かった。
カレンは、そんな二人に対し、意味ありげに微笑んだ。
「それじゃあ、私はカウンセリングがあるから行くけど。何かあったら、顧問の私に遠慮なく相談して」
「ありがとうございます」
太志と蜂子は、カレンに一礼した。
カレンがいなくなると、太志は蜂子に向かって、ニヤリと笑った。
「いよいよだ。我々の野望は、ここから始まる」
「はい、太志さま」
従順な蜂子に満足すると、太志は用意してきた看板を部室の入口に飾った。
『秘密結社 悪の科学同好会』
二人はまだ埃だらけの部室の中に入った。そして、やおら服を脱ぎ始める。どちらも恥ずかしがる様子を見せずに、慣れた様子で着替えた。
太志は、ナチス・ドイツを思わせる軍服に着替えた。さらに真紅の裏地のマントを羽織り、白手袋をはめた手にはムチ、左眼にはアイパッチ、おまけにチョビヒゲという扮装だ。残忍そうな笑みをこぼす様は、まるで別人のようである。
蜂子は自作らしい、一風変わったコスチュームだった。黒いレオタードの上に、黒と黄色のツートンカラーで出来たレッグウォーマーやガントレットを装着。なおかつ、やはり同じツートンカラーの帽子とパンツを身につけると、メガネを外した顔にサイケデリックなメイクを施し、蜂に酷似した蜂人間に変身する。
両者が着替え──いや、変身し終わると、太志は一段高い壇上へ上がり、手にしていたムチをぴしりと床に叩きつけた。その前で膝を屈してかしこまる蜂子。
「時は来た! 面を上げろ、《ビューティー・ビー》!」
「はっ、《悪魔大使》さま!」
壇上の田隈太志──《悪魔大使》に、早乙女蜂子──《ビューティー・ビー》は顔を上げた。
もし、この場に他の者が居合わせたら、二人がコスプレを着て演技をしていると思って、ドン引きしたり、大爆笑したことだろう。しかし、太志も蜂子も、すっかり悪の首領《悪魔大使》と女幹部《ビューティー・ビー》になりきっていた。
「やっと我々の念願である悪の組織発足が学校に認められた。これもひとえに、お前の尽力があってのことだ、《ビューティー・ビー》」
「そんな滅相もございません、《悪魔大使》さま」
……多分、学校側は“悪の組織”などとは露知らずに認めたに違いない(苦笑)。それにしても、たった二人の“悪の組織”とは。
「さあ、今日から我々が目指すものは──分かっておるな、《ビューティー・ビー》?」
「もちろんでございます。我らの目的はただひとつ! 世界征服!」
「その通りだ! 我々は、まずこの学校を支配し、そして東京を、そして日本を、さらにアジア、世界を、この手中に収めるのだ!」
「ははーっ!」
念を押しておくが、二人は大真面目だった(笑)。
そもそも世界征服は、太志の──もとい、《悪魔大使》の幼き頃よりの夢であった。幼少時代、ヒーローもののテレビ番組を好んで見ていた《悪魔大使》は、正義のヒーローよりも、毎週毎週、懲りもせずに斃されていく悪の怪人たちの方に魅力を感じていたのである。そして、どの番組でも世界を征服することなく滅んでいく悪の組織の末路を見届けては、その野望をいつか自分が受け継ぎ、達成させるのだと、強く決意していたのだった。
野望実現のために、一人孤独に勉学に勤しんでいた《悪魔大使》だったが、ついに同志が現れた。それが早乙女蜂子こと《ビューティー・ビー》だ。彼女はこの学校へ入学したときに太志こと《悪魔大使》に出会い、その野望を知ったときから、献身的な姿勢で彼に協力を惜しまなかった。こんなとんでもない思想を持った彼を理解できるのは彼女だけだったし、元々、マゾっ気のある《ビューティー・ビー》は、誰かに命令されるということに対して、とても喜びを見出していたのだ。加えて、《悪魔大使》は悪の首領にふさわしくS<サド>(笑)。これ以上、理想的な組み合わせはないだろう。
そして、ついにこの日、悲願であった《秘密結社 悪の科学同好会》が結成された。
《悪魔大使》は意味もなく、カッコつけにマントをひるがえした。
「さて、世界征服への第一歩だが……残念ながら、我々にはまだ先兵となる配下がいない。できれば、戦闘員が何名か欲しいところだが、それを雇えるだけの資金がない以上、安価で有能な怪人が必要かと考える。どうかな、《ビューティー・ビー》?」
「はっ、《悪魔大使》さまのおっしゃるとおりかと存じます」
「うむ。そこで怪人の素材となるものを簡単に手に入れる方法を考えた。──これだ」
《悪魔大使》は今朝の朝刊を《ビューティー・ビー》に見せた。小さな広告欄を指で示す。
『あなたの愛しいペットを甦らせます! 簡単な再生手術で死んだペットが戻ってくる! ご用命は、Tまで。連絡先:090−****−****』
「これは?」
「どうだ、素晴らしいアイデアだろう?」
《悪魔大使》はニヤリとした。口許からちょっとズレかけたチョビヒゲを慌てて直す。
「まずは動物の死体と、その飼い主の肉体で怪人を造る。動物の特徴を持たせることは、怪人の絶対条件だからな」
平気でこんなセリフを吐く《悪魔大使》が、普段、学校では人畜無害で、成績優秀だというのだから、まったく人間とは分からないものだ。
そんな《悪魔大使》を《ビューティー・ビー》は、ただただ感服していた。
「見事な計画でございます、《悪魔大使》さま」
「フフフ、しかも、早速、宣伝広告のおかげか、ペットを生き返らせて欲しいというヤツが連絡してきた。間もなく、ここへ到着するはず。もちろん、罠とも知らずにな。わっはっはっはっはっ!」
「ホーッホッホッホッホッ!」
二人の哄笑は《秘密結社 悪の科学同好会》の地下アジトにこだました。
その戸口で、二人の会話を聞いていた者が一人──。それは帰ったはずの毒島カレンであった。
カレンは二人の会話を盗み聞きして、呆れもしなければ、憤りもしなかった。むしろ、耳に掛かった髪を掻き上げ、艶然と微笑んでいる。
「田隈大志と早乙女蜂子か……。どれほどの力を秘めているか楽しみだわ。できれば、造った怪人とやらを、あの仙月アキトと戦わせてみてくれるといいんだけど」
カレンは太志たちの野望を見抜いていた。それでいながら、《秘密結社 悪の科学同好会》の顧問を引き受けたのである。カレンは太志たちを利用するつもりだった。未だ、その能力を測りかねている吸血鬼<ヴァンパイア>高校生、仙月アキトの相手として。
カレンは二人に気づかれぬうちに、地下室から立ち去った。妖艶な残り香を残して。
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