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WILD BLOOD

第12話 ゴエモンの逆襲

−2−

「つかさぁ、許してくれよぉ。オレが悪かったからさぁ」
 媚びた態度で謝罪を口にするのは、琳昭館高校の一年生、仙月アキトだった。それを親友の武藤つかさは、徹底的に無視し続けている。つかさの隣を歩く同じクラスの忍足薫が、ほとほと困り果てた顔のアキトを振り返って、ほくそ笑んでいた。普段は不遜な態度を取っている無礼千万の輩なので、いい気味だ、と言いたげに。
 つかさがアキトに対して怒っている理由──それはもちろん、昨日、本人の了承もなしに性転換手術を受けさせようとしたからである。
 もっとも、最初にそれを企んだのは生徒会長の伊達修造だった。むしろアキトは拉致されたつかさを助けようと美容整形外科に飛び込んだのだが、その手術内容を知った途端、急に手の平を返したように裏切り、伊達に荷担することを決めたのである。つかさが自力で脱出していなければ、今頃、正真正銘の女の子にされていただろう(詳しくは「WILD BLOOD」第11話を参照)。
 アキトは登校してから放課後に至る今まで、ずっと頭を下げ続けているのだが、さすがに温厚でお人好しな性格のつかさも、今回の件では簡単に謝罪を受け入れようとはしなかった。まるで子供のように、ぷぅ、と頬を膨らませ、一言も口を利こうとしない。それがまた薫にはおかしかった。
「とうとう、アンタもつかさに愛想尽かされたわね。友達を裏切ったりするからよ。自業自得だわ」
「う、うるせえ! あれは、その……ちょっと魔が差しただけだ!」
 痛いところを突かれて、アキトは声を荒げた。すると、つかさにジロリと睨まれる。魔が差したでは済まされない。
「うっ……」
 アキトのこめかみを冷や汗が伝った。
 すると薫は、頭の後ろに手をやって、昨日のことを思い出すように、顔を少し上に向けた。
「まあ、無理もないか。つかさのセーラー服姿、すごく似合っていたし」
「か、薫ぅ……」
 恥ずかしい記憶を呼び覚まされて、せっかく怒っていたつかさは、それを削がれたように赤面した。知らない間に着替えさせられていたセーラー服姿のまま、美容整形外科から逃げ出さねばならなかったつかさは、運良く薫によって保護され、家まで送ってもらったのだった。そのときの恥ずかしかったこと。途中、学校の人間や近所の人に出くわしはしないかと気が気じゃなかった。もっとも、薫は真っ直ぐに連れて帰らず、面白半分に、散々、寄り道に付き合わていたのだが。
「ジャーン! ほら、見て! 昨日の帰りにつかさと撮ったんだよ!」
 つい昨日までつかさと絶縁状態だったのもどこへやら、薫は楽しそうに自分の生徒手帳を開くと、貼ってあるプリクラをアキトに見せた。小さなシールには、どう見ても女子校生同士のツーショットとしか思えないつかさと薫の写真が。当然、アキトがそれに反応しないわけがなかった。
「おおっ!?」
 薫の手から生徒手帳を引ったくりそうな勢いで、アキトの目はプリクラに釘付けになった。これは新聞部の徳田寧音<ねね>が隠し撮りしたつかさの秘蔵写真すらも及ばない、つかさファン(?)垂涎のお宝画像だ。
「見るなぁ!」
 顔を真っ赤にさせたつかさが、プリクラに飛びつこうとするアキトを阻止した。みしっ、と容赦ないひじ鉄がアキトの顔面にめり込む。まともにつかさの一撃を喰らったアキトは鼻血を出して、地面に倒れ込んだ。
「お兄ちゃーん!」
 三人が校門の辺りで騒いでいると、遠くから聞き覚えのある声がした。つかさと薫がそちらへ顔を向ける。すると、アキトの妹、仙月美夜がスキップするような軽い足取りでやって来るところだった。
「み、美夜ちゃん!?」
「どうしたの、こんなところまで?」
 つかさも薫も、琳昭館高校までやって来た美夜に驚いた。美夜は、まだ中学二年生だ。当然、通っている学校は違う。
 しかし、当の美夜はといえば、大好きなつかさと薫の姿を見つけて、非常に嬉しそうだった。
「わぁ、つかさお兄ちゃんと薫お姉ちゃんにも会えるなんてラッキー! 帰っちゃってたらどうしようかと思ってたんだ!」
 美夜はつかさの左手と薫の右手をつかむと、ステップを踏みながら、はしゃぐように振り回した。それでもつかさと薫は目を丸くしたままだ。
「美夜ちゃん、わざわざボクらに会いに来たの?」
 つかさが尋ねると、美夜はかぶりを振った。
「ううん。ある人に連絡したら、偶然、ここへ来るように言われただけ。私も最初、この学校の名前を聞いたとき、驚いちゃった。つかさお兄ちゃんたちと同じ学校なんだもん」
「おい、ある人って誰だよ?」
「あれ? 兄貴、いたの?」
 地面からむっくりと起き上がった兄のアキトに、美夜は初めて気がついたような素振りを見せた。無論、実兄には冷淡な妹のことだから、わざとだろう。アキトは苦虫を噛み潰したような顔つきになった。
「いたよ。いて悪ィか? ──で、どうしてここへ来たんだ? 会いに来たのが、オレでもつかさたちでもねえってことは、一体、誰なんだ?」
 美夜はアキトに問いつめられると、可愛らしく小首を傾げた。
「さあ?」
「さあって、お前! 連絡を取り合ったんだろ? それでここへ呼び出されたんじゃないのか?」
「うん、そうなんだけど。私も今日初めて会う人なんだ。新聞の広告に出ていて、『T』っていう人」
「『T』?」
 思わず、三人とも顔を見合わせてハモった。おそらくイニシャルなのだろうが、それで連絡を取り合うというのはあからさまに怪しい。それでのこのこやって来た美夜も美夜だ。何もいかがわしさを感じなかったのか。
 心配に思った薫が、美夜を自分の方に向き直らせて、真剣な眼差しを注いだ。
「美夜ちゃん、どうして、そんな知らない人と会うような約束をしたの?」
「それは……」
 そのとき、美夜はキッとアキトを睨みつけた。アキトは訝しげに眉根を寄せる。心当たりがないといった感じだ。
「どうしたの?」
 薫は重ねて尋ねた。すると美夜は厳しい表情を振り払い、いつもの屈託のない愛らしさを取り戻す。
「ううん、何でもない。とにかく私、その人に会わないといけないの。頼みの綱は、その人だけだから」
 美夜が何かを隠しているのは明白だったが、それが何かまでは三人が見抜くことは出来なかった。美夜も簡単に喋る気はなさそうだし、これ以上は尋ねてもムダだろう。薫もあきらめた。
「じゃあ、せっかくだから、私たちが一緒に行こうか? 学校の中は不案内でしょ?」
 せめてもと、薫は付き添い役を買って出た。別にここは危険極まりないスラム街ではなく、多くの学生たちが集う高校なのだから滅多なことはないと思うが、このまま美夜だけを行かせるのは、いささか不安をともなう。薫の他人を放っておけない性格が出た。
 しかし、それでも美夜は薫の申し出を断った。
「嬉しいけど、私一人で行く。そういう約束なの。心配しないで。ちょっと話をして、あることを頼んだら、すぐ戻るから。そんなに時間はかからないと思う」
「ホントに? じゃあ、私たち、ここで待ってるから。用事が終わったら、一緒に帰りましょう」
「うん」
 まだ心配そうな薫に笑顔で返事をすると、美夜は手を振りながら校舎へと消えていった。
「大丈夫かな、美夜ちゃん」
 美夜を自分より年下の中学生だと思っている薫は、不安そうに校舎の方を見やった。だが、つかさは知っている。美夜がアキトと同じく、吸血鬼<ヴァンパイア>であると。何かがあっても、多分、平気だろう。つかさはそうやって自分を納得させた。
「不吉だわ」
「うわああああああああっ!」
 いきなり背後でぼそっとした声がして、つかさたち三人は飛び上がらんばかりに驚いた。振り返ればいつものごとく、一年C組の黒井ミサだ。微塵の気配も感じさせずに立っていた。
「く、黒井さん! びっくりさせないでよ!」
 ミサの登場パターンは毎度のことだが、それでも一向に慣れるものではなかった。神出鬼没。存在自体がミステリアスな少女だ。
 三人のリアクションにも動じることなく、ミサはただ、ジッと琳昭館高校の校舎を見つめていた。その視線はどこかうつろだ。目の前で手の平をヒラヒラさせても、ずっと校舎を見据えたまま。その様子に、つかさたちは薄ら寒いものを感じてしまった。
 すっ、とミサはおもむろに右手を上げると、アキトを指差した。アキトはギョッとする。こういうとき、大概、ロクなことはない。
「学校に災厄が降りかかろうとしているわ」
 ミサは予言めいた言葉を紡いだ。三人はドキッとする。ミサの占いや予言は、よく当たる。それも悪いことに関しては。
「少女の願いが叶うとき、地下より甦りし魂が復讐を目論む。百の牙が哀れな犠牲者を屠るだろう。世界は嘆きと悲鳴が渦巻き、新しく生まれし魔王が嘲弄する。これ、黒き時代の幕開けなり」
「お、おい……」
 ミサの言葉に、つかさと薫は声を失った。アキトすらも笑い飛ばすことが出来ない。それほどミサの予言は、淡々とした静かな口調なのに、聞く者を信じ込ませる真実味が含まれていた。
 三人は凍りついた表情のまま、美夜が入っていった校舎を知らず知らずのうちに振り返っていた。

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