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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−50−

 アキトへのトドメを刺そうとしていたサトルは、廊下の向こうから響いた声に顔をあげた。その人物を確かめると、表情が意外そうにしかめられる。
「おや、誰かと思えば」
 サトルはつかんでいたアキトの髪の毛を離した。アキトは自分が作った血だまりの中に崩れ落ちる。それに構わず、サトルは闖入者を歓迎した。
「武藤くんじゃありませんか。もう、拒絶反応から回復したのですか?」
 サトルの言う通り、アキト絶体絶命の場面に現れたのは、武藤つかさだった。珍しくつかさは、少し肩を怒らせ気味に歩いてくる。それは緊張からか、あるいは――
「もうやめるんだ、嵯峨くん」
 つかさの口調には、努めて平静を装う素振りが見られた。必死に何かを堪えている感じで。
 サトルには、それがおかしかったのだろう。笑い声をあげた。滑稽だという風に。
「わざわざここまで来て、仲裁のつもりですか? 本当に君は争いが嫌いなようですね」
「そうだよ。ボクは争い事が嫌いだ。自分がそれに関わることはもちろん、誰かが争うことも」
「世の中、武藤くんのような人たちばかりなら、戦争などという愚かしい行為もなくなるのでしょうね。でも、残念ながら、人類の歴史は闘争の繰り返し。闘争によって人類は地上の征服者になったと言っても過言ではありません」
「だからといって、人は争うだけの醜い生き物じゃない。慈しむ心や敬う気持ちだってあるはず。それが人間らしさというものだと思う」
「それを、この僕に持てと?」
「キミもボクらと同じだから」
 サトルはまた笑い出した。この目の前の少年は、どこまでおめでたいのやら、と。
「君と僕が同じ? やめてくれませんか。言ったはずです。僕は君たちとは違うと。僕は君たちの上に立つべき存在なんですよ。それを同等に見られては困ります」
「嵯峨くん。ボクは何度だって言うよ。キミにボクの声が届くまで。もうこんなことはやめて、学校のみんなを元に戻して」
「ならば、力づくで、というのはどうですか? 僕を従わせたかったら、君が勝つことです」
「それは……」
「何かを犠牲にしても、大切なものを守りたい――それくらいの覚悟がなくて、どうしますか、武藤くん!」
 理想論ばかり唱えるつかさに、サトルは憎悪すら抱いた。口で何と言おうと、行動が伴わないのでは意味がない。サトルはつかさの考えがいかに甘いかを知らしめるため、猛然と襲いかかった。
 つかさへと接近してから、サトルは初めて気がついた。つかさは両目を閉じている。多分、サトルの催眠術を警戒してのことだろう。
「目をつむったままで、闘うつもりですか!」
 つかさの格闘能力の高さについては、先程の対アキト戦を見て充分に承知しているつもりだが、目を閉じていては殺してくださいと言わんばかりだ。もっとも、サトルにつかさを殺すつもりはない。少しばかり痛い目にあわせて、現実の厳しさを教えてやるつもりであった。
 アキトと同じようにアイアンクローを決めて、泣きっ面でも見てやろうと、サトルの手が伸びた。ところが、指先が届く前に、つかさの左手がそれを払いのける。まるで見えていたかのように。
「――っ!?」
 サトルは驚いた。こんな中学生にしか見えない小さな少年に一撃を躱されて。単なる偶然かと訝る。
 今度は反対の手をフック気味に放った。すると、それもまた容易く弾かれてしまう。サトルは気色ばんだ。
「め、目を開けているのか!?」
「ううん、閉じているよ」
 つかさの言う通り、薄目を開けている様子はなかった。催眠術も試みてみるが、やはり効果が表れない。しかし、それだとサトルの攻撃を防げる理由が説明できなかった。
「目を閉じていても、嵯峨くんの動きは分かるよ。これまでと違って、凄く邪気が感じ取れるから」
 つかさが会得している天智無元流は、人間や自然のものが持つ《氣》を操ることに重きを置いた武道である。よって、対するだけで相手の《氣》を感じ取ることも可能になり、目を閉じていても動きを読むことができた。もちろん、そんなことができるのは上位段者の中でも奥義を極めた者だけだ。
 武藤つかさは、祖父・源氏郎が認めた天智無元流の正統な継承者であった。
「そんなバカな……そんなバカなことが!」
 言葉だけで信じられるわけがなかった。だが、サトルはその極意を目の当たりにしている。本当にそんなことが可能とは。
 しかし、いくら動きを読まれようとも、それ以上に速く攻撃すれば防げぬはず。今のサトルはアキト並みの超人的スピードを兼ね備えている。プライドを傷つけられたサトルは、つかさに手心を加えようという気は失せていた。
「これで、どうだ!」
 生身の人間に対するには、あまりにも苛烈なスピードでもって攻め込んだ。一発食らっただけで、華奢な身体をしたつかさはひとたまりもないだろう。最悪、死ぬ。それほどの攻め。
 しかし、つかさはその攻撃すら凌いだ。無数とも思えるサトルの手数を片っ端から防ぎ切り、一歩も後ずさらない。すべての攻撃が徒労に終わり、サトルは驚嘆よりも戦慄を禁じ得なかった。
「な、なぜだ……なぜ……」
 まず、サトルの音速のような攻撃を防いだ理由のひとつに、最小限に留めた動きの正確さがある。化け物じみたスピードに対して、まともに動いていては追いつかない。そこでつかさはサトルの攻撃を読むと同時に、自身の身体の前での動きを最小限にし、対処したのだ。
 そして、もうひとつ秘密を明かすなら、つかさは掌に《氣》を集中させ、それを盾代わりにしていた。なにしろ、吸血鬼<ヴァンパイア>の攻撃だ。常人が生身で受けて耐えられるわけがない。サトルの攻撃は、すべてつかさの《氣》の防御によって阻まれ、傷ひとつ負わせることができなかったのである。
 攻防一体を可能にする天智無元流。いや、本当に恐るべきは、それを体得してみせた武藤つかさ自身かもしれない。
「もういいでしょ、嵯峨くん」
 つかさは目をつむったまま、一歩一歩踏み出しながら、サトルに死闘をやめるよう促した。サトルは気圧されたように退くが、まだ観念はしない。何か他に手はないか懸命に考える。
「その邪気を身にまとっている限り、キミはボクに触れられない。これで終わりにしようよ」
「ま、まだだ! 僕はまだ負けたわけではない!」
 サトルは虚勢を張った。負けを認めるのは、死ぬことよりも許されないことだ。どちらかを選べと言われれば、躊躇なく死を選ぶだろう。
「僕を負かしたいなら、ここで斃して行くがいい! ――だけど、君にそんなことは出来ないだろう? 他人を傷つけることなんて! 自分の手を血で汚すことに憶病な君には!」
「嵯峨くん……」
「それを恐れているうちは、君は僕に勝つことができない! 勝てないのなら、僕を止めることはできないよ!」
「……じゃあ、せめてアキトだけでも連れて帰らせてもらうよ」
 つかさは瞼を閉じたまま進み続けた。サトルも強気を崩さないが、小さな身体からはとても想像できない強さに気圧されて、下がらざるを得ない。じりじりと、つかさはアキトに近づいた。
 ――と、つかさの足が砕けたコンクリートを踏みつけて、バランスを崩しかけた。それを目撃した瞬間、サトルは逆転の方策を思いつく。
「武藤くん、そうやって目をつむったままというのは不自由じゃないかい?」
「平気だよ。君もアキトも、《氣》を感じ取れば、どこにいるか分かる。それに、もう一人倒れている人がいるね」
 早乙女蜂子のことだ。彼女はずっと気絶したままである。
「ほう、大したものだね。目を開けないでも、それだけのことが分かるなんて」
 サトルはニヤリと笑った。自分の考えが正しそうだと分かり、自信を持つ。
 そんなサトルの様子を《氣》で感じ取ったつかさは不審に思った。
「何がおかしいの?」
「フフフッ、それはね、やっぱり最後に勝つのは僕だからさ!」
「それは――」
 どういうことか、を尋ねる前に、サトルが動いた。腕を振り回して、コンクリートの壁を抉り取る。その破片である塊がつかさに飛んだ。
 もしも、つかさが目を開けていれば、祖父から叩き込まれた体さばきで飛んできた破片を避けられたかもしれない。だが、コンクリートが砕かれる音がしても、サトルの催眠術を警戒していたがために目を開けようとせず、結果、自分に向ってサッカーボール大の破片が飛んでくるのを察知することはできなかった。
 視覚を閉ざし、《氣》に頼った現状把握が裏目に出たと言っていいだろう。《氣》を発する人間や動物ならばともかく、無機質なコンクリート片までは、さすがに感知できない。
 これこそが、つかさがつまずくのを見て悟った、サトルの逆転の一手であった。
「うぐっ!」
 コンクリート片の直撃を腹部に受け、つかさはよろめき、そして倒れた。それでも目を開けなかったことは僥倖か。だが、サトルは容赦しなかった。
「僕の拳は防げても、こんな石ころが避けられないとはね。そーれ、コンクリート片のシャワーを浴びたまえ!」
 サトルはまるでボールでもぶつけるように、壁を削り取っては、その破片をつかさに降らせた。つかさは寝転がったまま、両腕で頭をかばうことくらいしかできない。瞬く間につかさの身体は瓦礫の下に埋もれた。

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