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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−49−

 来る、とアキトは身構えた。しかし、相変わらず身体は重く、思うようには動かない。一気に間合いを詰めてきたサトルを眼前にして、アキトは焦った。
 いくら血を吸われたからとは言え、いつもなら多少のダメージから回復できるだけの時間は稼げたはずであった。なのに、身体の調子は一向に戻らず、だるさが動きを阻害して、全身が鉛のように感じる。おまけに瞬時の判断力も鈍っていた。
 それでも敵は、こちらを憂慮などしてくれない。宣言通りに心臓を狙ってきたサトルの一撃を左手で払いのけ、アキトは安全な間合いを計ろうと苦慮する。足がもつれ、転倒の危険さえあったが、それをどうにか凌いだ。
「どうしました? 遅いですよ!」
「――ぐはっ!」
 サトルの次の手が伸び、正面からアキトの頭を鷲掴みにした。プロレス技で言うところのアイアンクローだ。決して体育会系ではないはずの細い指が、恐ろしいまでの力でアキトの頭蓋骨を砕こうとする。頭部を万力で締めつけられるような痛みに、アキトは絶叫を迸らせた。
「ああああああああああっ!」
「いくら叫んでもムダですよ。こめかみの骨は脆い。このまま砕いてあげましょう」
 アキトは鷲掴みにしているサトルの手をもぎ放そうとしたが、まったくびくともしなかった。作戦を変更し、サトルの鳩尾へ向かって蹴りをめり込ませようとする。しかし、鉄板を蹴ったような感触に跳ね返された。
 それでもサトルのアイアンクローを少しでも緩めようと、アキトは必死に蹴り続けた。次第にサトルは、そんなアキトが疎ましくなる。
「やれやれ、その程度の反撃しかできないとは。これくらいはしてくれないと、面白くありませんよ!」
 そう言ってサトルは、アキトの頭を鷲掴みにしたまま、軽々と上へ吊りあげた。アキトの爪先が床面から離れる。サトルはそのまま廊下の壁へアキトの頭を押し潰すように叩きつけた。
 その瞬間、校内にいた者たちは校舎に響き渡った激突音を聞いたに違いない。まるでハンマーか何かで壁を打ち壊すような音。それは一度だけで、戦慄を覚えさせるに充分なものだった。
 アキトの頭はコンクリートの壁の中に埋まった。文字通り血だるまになり、手や足から力が抜け、一切の抵抗力が失せる。それでもアキトは死にもしなければ、気を失うこともなかった。
「………」
 アキトは何か言葉を発したようだったが、まったく聞こえなかった。単なる呻き声だったのかもしれない。それでも薄らと目を開けた。
「ほう、さすがは純血種の吸血鬼<ヴァンパイア>。しぶといですね。その調子で、もう少し楽しませてくださいね。簡単に終わったのでは興醒めしてしまいますから」
 サトルは新しく得た力に酔っていた。その力を十二分に確認するのに、アキトという相手は最適であったろう。タフで、あくまでも反抗的。こちらの力を発揮するのに、何の手加減もためらいも必要ない。
 アキトの頭から手を離しても、そのままレリーフにでもなったかのように、壁から落ちるようなことはなかった。それを満足げに見やって、口の端を吊りあげる。さらに面白い楽しみ方を見つけたかのように。
「はぁぁーっ!」
 サトルはひとつ気合を入れると、アキトに向って蹴りの連打を放った。一点集中ではない。頭以外のあらゆるところへ散らす。
 その一発一発の衝撃の凄まじさは一目瞭然であった。アキトが背にしたコンクリートの壁に無数の亀裂が走り、ひと蹴りごとに身体が埋もれていくのだ。アキトは百発を超える蹴りをただその身に受け、大量の血を吐くことしかできなかった。
「だだだだだだだだだだだだっ、とりゃあーっ!」
 先に耐えられなくなったのはアキトよりもコンクリートの壁の方だった。亀裂は壁の外側へと達し、とうとう大きな穴となって口を開けてしまったのだ。コンクリートの塊がごろっと地面へ落ちていく。
 背中の支えを失ったアキトの身体もまた、外へ落ちようとした。そのまま落ちていれば、どれだけ楽になったことであろう。だが、サトルはそれを許さなかった。アキトが落ちる寸前、右手を差し伸べて助け出す。――否、生き地獄へと連れ戻したと言うべきか。
 穴を開けた壁の反対側に転がされ、アキトは苦しそうに喘いだ。口も鼻も血だらけで、呼吸をするだけでも難しい。咳き込むと、体中の痛みがぶり返し、悶絶した。
 そんなアキトを見下ろしながら、サトルは端正なマスクとは裏腹の嗜虐性を満たしていた。元々、僅差での勝利になど興味がない。勝つのなら圧倒的な力の差を見せつける。それこそが勝者を絶対者へと昇華させるのだ。
「やれやれ。どうやら本当に手も足も出ないようだね。まあ、それも無理ないかな。“スレイブ”に噛まれてしまったんだから」
 サトルがそう話しても、アキトはのた打ち回っているだけだった。もっとも、平素のときでも理解できたかどうか。それでも構わないのか、サトルは喋り続けた。
「僕がこうして強くなったのは君の血を吸ったおかげ。でも、君の肉体も僕に噛まれたことによって変化したのさ。吸血鬼<ヴァンパイア>に噛まれるということは、単に血を吸われるということではない。噛まれた者を吸血鬼<ヴァンパイア>化してしまう、一種の毒のようなものが体内に回るんだ。その毒素を仮に《V因子》とでも呼ぼうか。この《V因子》が入ることによって、人間はあらざる者へと変化する。太陽の下では著しく寿命を縮める吸血鬼<ヴァンパイア>の劣等種“スレイブ”に。しかし、これが吸血鬼<ヴァンパイア>と吸血鬼<ヴァンパイア>の場合はどうなるのか? 実に興味深いテーマだったよ。でも、こうして実証された。《V因子》は純血種の吸血鬼<ヴァンパイア>にとっても毒性を発揮する、とね。君は僕の《V因子》に冒され、本来の超人的身体能力、驚異的治癒能力を封じられている。だから、今の僕と君とは対等じゃないんだよ。僕が圧倒的なんだ!」
 サトルはそれを証明するかのように、アキトの胸を狙って踏みつけた。アキトは反射的に腕でカバーしたが、もし遅れていたら肋骨が折れて、心臓に突き刺さっていたかもしれない。そうなれば、いくら不死身のアキトでもアウトだ。吸血鬼<ヴァンパイア>は物語で知られているような不死の存在ではない。ましてや、今のような状態では。
 簡単にトドメを刺すつもりのないサトルは、何度も何度もアキトを踏みつけにした。アキトが背中を向けても、容赦なく蹴る。どちらが強者なのかを身を以って思い知らせるために。
「“スレイブ”と呼んで蔑んできた者に、足蹴にされる気分はどうだ!? 人間をも超越し、長年、その存在を隠しながら、愚かしい蛮行を眺めて嘲笑してきた君が虫けら同然の扱いを受ける気分は!?」
「………」
 アキトはまた何かを言った。今度は何を言ったのか気になったらしく、サトルは蹴るのをやめ、髪をつかんで顔を上向かせる。アキトの唇が微かに動いた。
「何だ?」
「……そんな……んじゃ……ねえ……オレたちゃ……この世界にとっちゃ……日蔭者……みたいなもんだ……」
「ふん、尊大な態度を欠かさなかった君にしては、随分と謙虚な発言だな」
「……お前は……分かっちゃ……いねえ……ずっと……自分を……さらしだすことが……できねえ……つらさ……ってのを……」
「吸血鬼<ヴァンパイア>という正体をさらせない、ということか。そんなもの、僕にとっては下らないことだよ。なぜ、隠す? なぜ、喋らない? 君たち吸血鬼<ヴァンパイア>は人間よりも遥かに有能で、支配者の資格があるじゃないか。それを行使せず、こっそりと生きるなんて。僕には考えられないね。君たちが人間を統べていれば、今頃、世の中はもっとマシになっていただろうに。なぜ、それをしない? なぜ、下等な人間に遠慮する必要がある」
「……オレたちは……支配者なんかに……なりたいんじゃ……ねえ……おれたちは……いつか……滅ぶ……」
「知っているよ。吸血鬼<ヴァンパイア>は人間のようには子供を作れないらしいね。その確率は低く、生まれても乳児の間に死んでしまうことも多いとか。でも、それを補って余りある長命があるじゃないか。吸血鬼<ヴァンパイア>の数が減少したって、ひと噛みすれば仲間を作ることができるし――おっと、君たちは“スレイブ”を仲間と認めていないんだったね。ただの下僕としてしか」
「……オレたちに……未来は……ない……永遠とも言える……今があるだけ……お前たちも……同じだ……」
 アキトの言葉にサトルはかぶりを振った。理解しがたい、とでも言うように。
「僕に言わせれば、君たちはただ可能性を閉ざしているだけだ。吸血鬼<ヴァンパイア>が繁栄する世界だって作れるかもしれない。やりもしないで最初からあきらめていては、未来などあるものか」
 サトルの反論に、アキトは血だるまの状態で笑みを浮かべた。穏やかな笑みを。
「……そいつは……お前の言う通り……かもしれねえ……な……だけど……オレたちは……未来へ目を向けるには……長く生き過ぎた……」
「限りある命だからこそ、野心が芽生える、というわけか。なるほど。ならば、君のその長すぎる命を、今、ここで断ってあげるよ!」
 サトルはアキトの頭をつかんだまま、心臓に狙いを定めた。アキトにはもう、それを防ごうという気力すらない。
「これで終わりだ!」
「そうはさせない!」
 アキトの心臓を抉り取ろうとした瞬間、誰もいなかった廊下に声が響いた。

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