←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [第17話あとがき

 


WILD BLOOD

第17話 拳も恋も一日にしてならず

−11−

「何で、そういうこと忘れちゃうかなぁ」
 話を聞き終えた薫は、つかさに冷ややかな視線を向けた。
「いや、だって、それから入院したおじいちゃんの体調が悪くなって、翌年の春に亡くなっちゃったもんだからさ、どうしても、そのときのゴタゴタに埋もれちゃったわけで……」
 申し訳ないと思いつつ、つかさは言い訳をした。そもそも、あれから昨日まで、杏と会ったのは祖父の葬儀のときだけである。そのとき杏がどさくさ紛れに、「結婚」だか、「決闘」だか(笑)がどうのこうのと言っていたような記憶も微かにあるのだが、喪に服している最中だったので、まともに聞いてなどいなかった。
「まあ、これで分かったわね。あのひとが三百六十度、つかさに対する見方を変えた理由が」
 三百六十度では、ぐるっと一周して元に戻ってしまうので、それを言うなら百八十度ではないかとつかさは思ったが、それをわざわざ指摘するような気分ではなかった。何しろ、女性から惚れられるなんていう経験が過去に一切ない。
「ど、どうしよう……」
 つかさは次第に脂汗が流れるんじゃないかと思うくらい不安になった。杏は何としてでも来年の受験に合格して、つかさの家にやって来るだろう。そうなれば昨日の気苦労など比較にならないくらいの毎日が待っているに違いない。
「何、つかさはあのひとのことが好きじゃないわけ? かなり美人で、つかさにはもったいないくらいだと思うけど」
「そうは言うけどさぁ、昔から知っている従姉じゃないか。一緒に住んでいたことだってあるんだし。今さら恋愛の対象としてなんて見れないよ」
「向こうはそうじゃないみたいじゃない。それに従姉弟同士って、結婚できるんじゃなかったっけ?」
「だから、そういうことじゃなくて――」
 薫のヤツ、半分、面白がっているな、とつかさは閉口しかけた。
 するといきなり、薫は何かを思い出したように、あっ、と声をあげた。
「分かった! 待田先輩のことでしょ!? そう言えば、つかさにはすでに憧れの存在がいたのよね!」
 突然、つかさにとっての学園のマドンナ、待田沙也加の名を持ち出され、見る者が気の毒になるくらいおろおろと狼狽した。本人に聞かれやしなかったかと、他の生徒もいる通学路を慌てて見回す。幸い、沙也加の姿はなかった。
 薫はつかさをからかって、すっかり楽しんでいる様子だった。自分だって交際している異性がいないくせに、他人の恋バナには盛り上がるらしい。つかさはこの会話をやめにしたかった。
「どうするの? あのひとに持田先輩のことがバレたら、絶対に一悶着あると思うんだけど。きっと修羅場ね。琴姫さんが『私からつかさを盗ろうっていうのはアンタなの!』とか何とか待田先輩に詰め寄ったりして」
 杏が沙也加に殴りかかろうとするシーンを想像し、つかさは身震いした。そんなことになったら大変だ。
「よ、よしてよ! 考えるだけでも恐ろしい!」
「じゃあ、先輩のことは何が何でも隠し通すことね。もしもバレたら、先輩の生命はないわよ」
「……もお、他人事だと思って」
 つかさは意地悪な薫を睨んだ。
 そこへ背後から、誰かが物凄い勢いで近づいてくる足音がした。振り返ると、走ってきたのはアキトである。物凄い形相だった。
「あっ、アキト」
「おい、つかさ!」
 アキトはつかさの両肩をつかむと、がっくんがっくん、前後に身体を揺すった。つかさは軽い脳震とうを起こしそうになる。
「お前に聞きたいことがある!」
「な、何?」
 アキトから鬼気迫るものを感じ、いささかたじろぎながら、つかさは尋ねた。
「昨日、お前と一緒にいた女のことだ! あいつは誰だ!? 今、どこにいる!?」
 そういえば、昨日、出かけた神鳳女子短大の学園祭にアキトと隣のクラスの大神もおり、杏と顔を合わせていたな、とつかさは思い出した。それも平和的な対面ではなく、問答無用の宣戦布告という形で。常人では為し得ない、アキトと大神から人ならざるモノ――すなわち、吸血鬼<ヴァンパイア>と狼男――の《氣》を見事に感じ取った杏は、天魔折伏せしめんと二人を瞬殺したのだった。しかもアキトは一度ならず二度までも敗北を喫している。アキトの性格から考えれば、その仕返しをしなくては、と燃えているのも無理からぬことだろう。
 その辺の経緯を――アキトと大神が吸血鬼<ヴァンパイア>と狼男であることを伏せて――薫に説明してやってから、つかさは杏が自分の従姉だと明かした。
「道理で! あの女の技がつかさのと似ていたから、気にはなっていたんだ! なるほど、それであのケタ外れの強さにも説明がつく」
 普段はただのバカにしか見えないアキトだが、少し見ただけでちゃんと杏の技を分析していたことにつかさは感心した。心の中で、ただのバカから、多少は賢いバカに昇格させておくことにする。
「それで居所は!?」
 聞いたらすぐにでもそこへすっ飛んで行きそうな剣幕でアキトは尋ねた。つかさは少しでもアキトを落ち着かせようとする。
「生憎だけど、杏姉ちゃんは名古屋に住んでいるんだ。昨日はたまたま東京に来ていただけで」
「なぁ、名古屋ぁ!?」
 アキトなら名古屋まで走って行くかもしれないとつかさは一抹の不安を抱いていたが、さすがにそこまでのムチャをするつもりはなかったらしい。ただ、余程、悔しいのは確からしく、アキトは歯ぎしりの上に地団駄まで踏んでいた。
「クソッ、あの女! 二度もオレをふっ飛ばしやがって! 今度会ったら、ギャフンと言わせてやる!」
 アキトはどうしても仕返ししないと、腹の虫がおさまらないようだった。鼻息も荒く、リベンジを誓う。
 そんなアキトを見て、薫は鼻で笑った。
「おめでたいわね。アンタ、あの人に勝つつもりでいるわけ?」
「当たりめェだぁ!」
 アキトは即座に言い返した。予想された反応ではあるが、身の程知らず、と口の中で呟いて、薫は肩をすくめる。
「残念だけど、返り討ちに遭うのがオチね。それも秒殺。何だったら、賭けてもいいわよ」
 アキトにしてみれば侮辱に等しい発言だったが、つかさも薫には賛成の想いだった。いくらアキトの正体が実は吸血鬼<ヴァンパイア>で、超人的なパワーとスピードを持っていようとも、まともに正面から戦って杏が負けるシーンなんて天地が引っくり返っても想像できない。唯一、杏が負ける相手がいるとすれば……。
 つかさはアメリカに旅立ったまま消息の知れない先輩の顔を思い起こした。
「この野郎、言ったな! 見てろよ! オレは勝つって言ったら、とことんまでやるんだ! このままおめおめと引き下がってたまるかよ!」
 アキトは威勢よく吠えた。
 そう言えば、アキトとトランプで遊ぶと、必ず自分が勝つまで勝負を挑んでくる。それはもう、一緒に遊んでいる者がうんざりするほどの執念深さで。確かに、アキトが負けず嫌いであることは間違いないだろう。
 まあ、この再戦は遅くとも半年後には実現しそうだ。杏もアキトとは反目しあうはず。両者の争いは、すでに運命づけられていたといえるかもしれない。
 再戦といえば、もしも帰国した間大作と杏が顔を合わせたらどうなるだろう。アキトと同じように、杏もまた、あのときの敗北を忘れてはいまい。こちらは間の意思とは関係なく、杏から決闘を申し込みそうだ。そういう意味では、杏とアキトは似た者同士かもしれない。
 いずれにせよ、杏の上京は様々なトラブルへ発展しそうだと、つかさは今から想像すると気疲れしそうだった。杏とアキト、杏と間、そして――つかさとしては一番回避したい――杏と沙也加。何だか地球最後の日でも迫っているような、そんな気の重さがつかさにずっしりとのしかかった。

<第17話おわり>



←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [第17話あとがき