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WILD BLOOD

第19話 キス×キス×キス

−1−


「おーい、お前ら! 早く来いよ!」
 起伏に富んだハイキング・コースを登り始めて、およそ一時間、そろそろ足取りが鈍りかけてきた仲間に対し、仙月アキトは三十メートルも先で振り返った。
「ちょ、ちょっと待ってよ、アキト。早過ぎだよ」
 アキトを見上げた武藤つかさは、すでにフラフラの状態だ。身体を起こした拍子に、背中のリュックの重みに引っ張られて倒れそうになる。
「わわっ、と!」
「しっかりして、つかさお兄ちゃん」
 そんなつかさを両手で支えたのは、その後ろを歩いていたアキトの妹の美夜だ。まるで全身をつっかえ棒のようにして、つかさの転倒を防ぐ。
「ああ、美夜ちゃん。ごめん。大丈夫だよ」
 どうにか体勢を戻したつかさは、リュックを背負い直し、美夜に弱々しい笑顔を向けた。言葉とは裏腹に、体力が限界に達しているのは誰が見ても明らかだ。
「大丈夫なの、つかさ?」
 アキトからは離されているものの、第二先頭集団を歩く忍足薫が心配そうに言った。こちらは女の子にもかかわらず、男の子のつかさに比べ、まだへばってはいない。何しろ、日頃から剣道の稽古で足腰はしっかり鍛えてある。
「ほ、ホントに大丈夫だから」
 一応、空手部に所属しつつも、最近はサボり気味なつかさは、元々の体力のなさを露呈していた。それでも、みんなに迷惑はかけられないという気遣いは働くようで音は上げないでおく。
「ええ〜、ありすはもおダメぇ。疲れちゃったぁ。ちょっと休憩しようよぉ」
 ところが、へばっているのは、つかさだけではなかった。一年C組の伏見ありすも弱音を吐く。そんなありすを薫と並んでいた桐野晶が見下ろして、やれやれという顔になった。こちらも薫同様、女子バスケット・ボール部で体力には自信がある。
「まったく、だらしないなぁ。そもそも、その人一倍でかいリュックは何なんだよ? 日帰りのハイキングなんだぜ」
 小柄なありすにしては無謀とも言えるリュックの大きさに、晶は呆れ返っていた。膝を抱えたら、ありす本人がリュックにだって入れそうである。
「だって、ハイキングでしょお? 遠足みたいなもんでしょお? だったら、おやつにお菓子は必要じゃないのぉ」
 常に学校へもお菓子を持ち込むありすは、当然だ、と主張するように言った。晶はいつものごとく、そんなありすに頭痛を覚える。
「限度ってもんがあるでしょ、限度ってもんが!」
「そうやで、ありすはん。ええか? おやつ言うたら、五百円以内。バナナはおやつに含みません、や」
 こちらはバードウォッチャーのような出で立ちの徳田寧音が、いつもの調子で茶々を入れた。首からは必需品のカメラがぶら下げられているが、つかさやありすほどの疲労は見られない。
「しかし、ホンマの話、バーベキュー場まで、まだあと一時間くらいかかるんやろ? 休憩を取ってもええんちゃう?」
「うーん、そうねえ……」
 寧音にしては至極真っ当な提案に、薫は考え込んだ。しかし――
「……それは不吉だわ」
「うひゃあっ!」
 いきなり耳元でぼそりと言われ、寧音は飛び上がって驚いた。囁いたのは黒井ミサだ。人呼んで琳昭館高校の“魔女”。誰もが一緒に来たことを今の今まで忘れていた。それだけ普段から存在感を感じさせないのである。もしも一人だけはぐれていても、下山まで誰も気づかないであろう。
 寧音は自分がミサに憑かれているような、薄気味悪さを感じた。
「み、ミサはん! な、何が不吉やねん?」
「……この辺は山ヒルが出るって言うから」
 ミサはぼそっと発言した。
「山ヒル?」
 そう寧音がオウム返しに訊ねた途端、頭の上に何かがぼたっと落ちてきた。寧音は何事かと思って、上を見上げる。
 ぼたっ!
 また落ちてきた。今度は寧音のメガネの上に。その落ちてきたものを寧音は超どアップで見てしまった。
「ぎゃあああああっ! ヒルや! ヒルヒルヒルヒル、ヒルぅ〜!」
 寧音はすっかりパニックになり、ぐるぐると逃げ回った。もちろん、その程度では山ヒルを振り払うことなど出来やしない。
 驚いたのは他の仲間たちも同様だった。そう言えば、『山ヒル注意!』の立て札を見た気もするが、まさか自分たちに降りかかってこようとは。そんな中、冷静だったのはミサだけだった。
「じっとして」
 ミサはポケットから小ビンのようなものを取り出した。中には褐色の液体が入っている。ミサはそれを寧音についた山ヒルに振りかけた。
「何それ?」
 晶が質問した。
「……木酢液」
「もくさくえき?」
「ええ。木材を乾留したときに出来る液体よ。防腐剤として使うの」
「かんりゅう……?」
 いろいろと知らない単語が出てきて、晶にはチンプンカンプンだった。日本語って難しい。
 すると、寧音についていた山ヒルは、木酢液をかけられるや、あ〜ら不思議、魔法のようにポロリと剥がれ落ちた。
「へえ、山ヒルに効くのね」
 その様子を見ていた薫が感心したように呟いた。
「ああ、よかった、取れたぁ! おおきにミサはん――って! クサッ! 何か臭くあらへん、これ!?」
「……木酢液には刺激臭があるから」
「そんなもん、ウチにかけたんか! クサッ! わぁ、これ堪忍や!」
 今度は山ヒルではなく、木酢液の刺激臭にたまらなくなり、寧音はジタバタした。
「おい、寧音! あたしらに近づくな! 離れろ!」
 晶は鼻をつまみ、しっしと野良犬みたいに寧音を追い払おうとした。
「そんな殺生なぁ! どないかしてぇな!」
 みんなから文字通りの鼻つまみ者扱いされ、寧音は泣き喚いた。
「おーい、コラァ! お前ら、いつまで遊んでいやがんだ! さっさと登って来いよ!」
 そんな山ヒル騒動から離れた場所にいるアキトは、なかなかつかさたちが来ないことに業を煮やしていた。不機嫌さがありありだ。
「とにかく、ここは山ヒルが出るみたいだから、休憩は安全なところで取りましょ」
 一行は薫に促され、再びハイキング・コースを辿り始めた。



 アキト、つかさ、薫、美夜、晶、ありす、寧音、ミサの八人は、秋晴れの日曜日を利用し、都心から離れた山岳地へハイキングに来ていた。
 言い出しっぺはアキトの妹、美夜だった。なかなか、つかさや薫と会えないことから、今回のハイキングを企画し、二人を誘ったのだ。
 当初の計画では、美夜とつかさ、薫の三人だけで行くはずだったのだが、すぐに兄のアキトにバレてしまった。そこで、どうせなら他の人たちも誘ったらどうかと提案したのがつかさと薫の二人である。一年C組の晶とありすに話をすると、漏れなく寧音もついてきた。そして、なぜかハイキングの当日には、待ち合わせ場所にハイカーの格好をしたミサが偶然(?)通りかかり、目的地もどういうわけか一緒だということで、八人で行こうということになったのだった。
 ちなみに、つかさは一年B組の大神憲も誘ってはどうかと提案したのだが、それはアキトに速攻で却下されたことは、本人のためにも秘密である(かわいそうに)。
 一応、名目はハイキングだが、本当の目的はバーベキューである。ハイキング・コースの途中にバーベキュー場があって、誰でも自由に利用できるのだった。
「よっしゃあ! 着いたぞぉ〜!」
 目的地のバーベキュー場に到着し、アキトは両手を天に突き上げた。他の同行者たちもホッとする。
 バーベキュー場は行楽シーズンということもあって、かなりの人で賑わっていた。肉や野菜といった食材を焼く煙があちこちで青空に立ち昇っていて、お腹がぐーっと鳴りそうなくらい美味しそうな匂いが漂ってくる。近くには渓流もあり、そこで水遊びをしたり、魚を釣ったりして楽しんでいる人もいた。
「やっとメシにありつける〜! そら、野郎ども! とっととバーベキューの準備をするぞ!」
 アキトはまず場所を確保すると、キープの印に自分のリュックを降ろした。
 あれから一度、十五分程度の休憩は取ったものの、慣れない山道が堪えたつかさたちは、アキトほどの元気はなかった。まずは休ませてくれ、といった感じだ。
「勝手に仕切らないでよ!」
 さすがの薫も張り切るアキトに抗議した。だが、そんなことなどお構いなしのアキトは意に返さない。
「こういうのはリーダーがてきぱきと仕事を振ってやった方がいいんだよ」
「誰がリーダーよ?」
 知ったような顔でほざくアキトに、薫は冷やかな視線を向けた。
「うるせえ! 『働かざる者、食うべからず』だ。さっさと動かねえと、メシを食わせねえぞ!」
 それを真に受けたのはありすだった。急いでリュックを降ろし、持ってきた食材を取り出す。と言っても、中身はお菓子ばかりだが。
 勝手にリーダーの振る舞いをするアキトにはムカついたが、お腹がすいたのは薫たちも一緒だった。そもそも、注文すれば料理が出てくる飲食店と違い、バーベキュー場では自分たちで何でもやらなければ食べ物にありつけない。
「じゃあ、オレとつかさの男チームは薪や炭を調達して火を起こす。女どもは肉とか野菜とか、適当に串に刺して準備してくれ」
「だから、仕切るなって言ってんの!」
「それじゃあ、行くぞ、つかさ」
「う、うん」
 その場に薫たち女性陣を残し、アキトはまだフラフラのつかさを伴って行ってしまった。


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