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WILD BLOOD

第19話 キス×キス×キス

−2−


 十五分後、バーベキュー場の使用許可を取り、炭やトングといったものを調達してきたアキトとつかさは、元の場所へ戻って来ると自分の目を疑った。まだ肉や野菜が買ってきたまんまの状態で、まったく準備されていなかったからである。これを見たアキトは、言うまでもなくカンカンになった。
「何やってんだ、てめえら!」
 珍しく自分が率先して働いているというのに、他の者が振り分けられた仕事を全然やっていないことに対して、脳溢血でぶっ倒れそうになるくらい頭に血が昇った。腹ペコのアキトは、あとは火さえ起こせばバーベキューが出来ると考えていただけに、この落胆と怒りのボルテージは当然ともいえるだろう。
「しょうがないじゃないのよぉ。ケガしちゃったんだから」
 口を尖らせて言い訳したのは薫であった。包丁で指を切ったらしく、晶に絆創膏を貼ってもらっているところだ。
「大体、この面子で料理できると思ってんのか?」
 頭ごなしに怒鳴られた晶も、アキトに対して不機嫌に返した。だが、その程度で納得するアキトではない。
「誰が料理しろと言った? 煮るでもなし、焼くでもなし、ただ肉や野菜をバーベキュー用にカットするだけだろうが! 何で、そんな簡単なことがまったく出来てねえんだよ!?」
 アキトは、その場にいた女性陣をギロッと睨み返した。
 まず、ありすと美夜は、持ってきたお菓子を広げて、すでにバーベキューをする前からつまみ食いをしている。この二人は完全に戦力外だ。
 晶は、最初から料理なんかしたことがないと言って匙を投げているし、ミサは肉や野菜に目もくれず、持参したトカゲの干物やサソリの粉末といった怪しげなものを準備している。そして、寧音はそんな彼女たちの様子をカメラにバシャバシャと収めているような具合だ。
 残るは薫だけなのだが――
「傑作やったでぇ! 忍足はん、野菜を切ろうとして、いきなり指を切りはるんやもの! ああっ、せっかくのシャッターチャンス、逃してもうたぁ!」
 そうだった。薫は壊滅的に料理が出来ないのである。アキトのマンションへ遊びに行ったときも、やはり包丁で指を切り、その不器用さを露呈していた(詳しくは、「WILD BLOOD」の第9話を参照のこと)。
 寧音にしっかり暴露された薫は、耳まで真っ赤になった。
「う、うっかりしてたのよ! うっかり!」
「でも、一発目やったで、一発目! 危なっかしい言うたらあらへんで! 忍足はんが持つと、料理包丁も人斬り包丁へ早変わりやな!」
 自分では面白いことを言っているつもりなのか、寧音は調子に乗って言った。手伝ってもいない寧音に、さらに傷口に塩を塗るような追い討ちをかけられ、薫はこの場から消えてしまいたいほど恥ずかしくなった。薫自身も、食材をカットするくらいのことは出来ると思っていたのだが……。
「大丈夫、薫?」
 この話を聞いても、笑いもしなければ幻滅もせず、つかさは真面目にケガした薫を心配した。絆創膏に滲んだ薫の血を見て、顔を悲しそうに曇らせる。
 いつもなら、弱音を吐くつかさに、薫が励ます立場なのだが、これではあべこべだ。そんな事態を招いた自分が、なおのこと情けなくなる。
「食材を切るのはボクがやるから」
 つかさは自分から名乗り出ると、薫が使っていた包丁を、もう一度、よく洗ってから、タマネギやピーマン、カボチャといった野菜から切り始めた。普段、何事においても人並みかそれ以下しか出来ないつかさだが、料理に限っては別である。手際良く次々に野菜を切っていった。
「すご〜い……」
 料理が出来ない女子たち――ただし、ミサは除く――は、つかさの鮮やかな手並に惚れ惚れと見とれた。ほとんど生唾ゴックン状態だ。特に晶など、つかさのことをいつも女のように軟弱なヤツだ、という蔑んだ評価をつけていたので、今回に限り、ちょっぴり見直す。
 このとき、美夜、ありす、寧音の三人が、心の中で「お嫁さんに欲しい」と思わず羨むように呟いたのは内緒である(もっとも、つかさは“お嫁さん”じゃないけど)。
 野菜を切り終えると、次は肉だ。速い。つかさ一人で事足りそうだった。
「まったく、だらしねえな」
 つかさの作業を眺めていたアキトがぼそっと言った。もちろん、料理音痴の女子たち対して、である。
「おめえら、一応、女だろ? 包丁くらい扱えなくて、どうすんだよ?」
 耳に痛い言葉だ。しかし、それを黙って聞いていられるほど、大人しい性格でもない。
「うるさいな。女だから包丁を使えなくちゃいけないなんて偏見だろ」
 反論したのは晶だった。男と女の役割にこだわるなんて時代錯誤だと唾棄したくなる。それに、元々、傲岸不遜な態度を取るアキトのことが気に食わない。ありすがハイキングへ行くなんて言わなければ、アキトと一緒のレジャーに参加するつもりなどなかった。
 勝ち気な性格の晶に対し、アキトもまた彼女を“女”として見ていなかった。
「言っておくが、オレたち男は、重いバーベキュー用の炭をここまで運んで来たんだぜ。けど、お前ら女は何も仕事をしてねえじゃねえか。それなのに言い訳だけは一丁前か? ふざけんな! 文句は何かをちゃんとやってからしろってんだ!」
 そう言われてしまうと、にべもない。仕事らしいことがひとつも出来ていないのは事実だ。
「もういいだろ、アキト。誰にだって、向き不向きはあるんだから。――ほら、出来た」
「わあっ!」
 肉も切り終えたつかさは、女性陣に絡むアキトをいなした。完全に実演販売の観客と化していた美夜とありすは、つかさの包丁さばきに惜しみない拍手を送る。
「あとはこれらを串に刺して焼けばOKだよ」
「まだ、肝心の火を起こしてねえよ。――おい、お前ら、今度こそバーベキューの準備をしてろよ。オレたちは火を起こすからよ」
 アキトはそう言い放つと、つかさと炭火の着火に取りかかった。晶たちは、アキトの突っかかって来る言葉に腹が煮えくりかえっていたが、ここはケンカを吹っかけずに我慢しておく。そうでなくとも、昼食の時間が遅くなってしまっていた。
「ああ、腹減った。早く火をつけるぞ」
 空腹で何も考えられなくなったアキトは、コンロに炭を入れ始めた。まず、小さく割れたものを底に敷き、大きい炭を丸く囲むように並べる。
「大丈夫なの?」
 つかさはアキトに訊ねた。
「何が?」
「炭火だよ。難しいって言うじゃない? 着火剤とかもないし」
 料理は出来ても、アウトドア経験の乏しいつかさは、炭火の起こし方に自信がなかった。ところがアキトはそうでもないらしい。
「まあ、見てろって。つかさは新聞紙をこんな風にしてくれ」
 アキトはそう言って、新聞紙を折り、曲げ、最後はねじって棒状にした。それを手本に、つかさは同じものを十個ほど作る。その間にアキトは炭を二段重ねにして、円筒の形を整えた。
「よし。で、この新聞紙を真ん中に……」
 ねじった新聞紙を縦に二本、横に二本、重なるようにして置くと、さらに一個、炭を中心に置いた。そして、いよいよ新聞紙に着火する。
「これで一番下の割れている炭に火がつけば、大きいのにも――」
「痛ぁ!」
 気分良く喋っていたアキトの説明は、突然の悲鳴に中断させられた。振り返ると、またしても薫が指を押さえて、顔をしかめている。つかさは驚いて駆け寄った。
「どうしたの?」
「それがなぁ、忍足はん、肉を串に刺してたら、自分の指、刺してもうて」
 またまた本人に代わって、寧音が説明した。というか、そんなことを恥ずかしくて、言う気にもなれない薫である。包丁に続いて、今度は串。災難続きである。
「どんだけ不器用なんだ、お前は?」
 アキトの白い目が薫に突き刺さった。日頃、学校では成績も優秀だし、運動神経も抜群で、クラスメイトからも一目置かれる存在だけに、この度重なる醜態は顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
「大丈夫? ケガは?」
 つかさがケガの具合を見ようとしたのは、もちろん薫を心配したからだ。ところが、二度も失敗を犯して立つ瀬がない薫は、その手を強く振り払ってしまった。
 強い拒絶に、一瞬、つかさはひるんだが、薫の気持ちを理解し、強張った表情を微笑みでほぐした。
「ど、どうやら、ケガはしてないみたいだね。うん、よかった」
 そう取り繕ったつかさではあったが、せっかくの優しさを厭うた薫は、意固地な自分が嫌になり、押し黙ってしまう。周りもそれを察し、少し重い雰囲気になりかけた。
「――ったく、こんな簡単な作業も出来ねえとは、使えねえなぁ」
 そんな空気を無視し、アキトが無神経にぼやいた。今の薫には、ばっさりとトドメの一撃を刺されたに等しい。薫はうつむき、拳をわなわなと震わせた。
「まあ、串に刺さなくたって、食えるっちゃあ、食えるけどよ」
 そう言い捨てると、アキトはコンロのところへ戻りかけた。
「な、何よ……こんなことくらい……」
 歯ぎしりさえ聞こえてきそうな薫の口から、小さな言葉が漏れた。アキトはそれを耳にし、「あん?」と訝った表情で振り返る。その顔へ薫がいつも持ち歩いているハリセンが投げつけられた。
「たっ! 何しやがる!?」
 いきなりハリセンをぶつけられて、アキトが黙っていられるはずがなかった。また、ハリセンを投げた薫もアキトへ向かっていく。つかさは二人から険悪なものを感じて、慌てて間に入った。
「ちょっと! 二人とも、ケンカはやめようよ!」
 だが、つかさはアキトと薫に挟まれ、潰されるはめになった。
「黙っていれば、グチグチ、ねちょねちょと! 男のクセに陰険なやり方ね!」
「何だと、コラァ! そういうそっちは、女のクセにガサツで、料理のひとつもできねえじゃねえか! それを呆れて何が悪い!?」
「男だからとか、女だからとか、そんなことで勝手に決めつけないでよ! まったく大人しく従っていればつけあがって! そんなのが男らしさだなんて勘違いしないでちょうだい!」
「うるせえ! オレが女だったらな、ちゃんと言われたとおり、食材の準備をちゃんと完了しておくぜ!」
「私だって! 私が男なら、料理なんてせず、炭でも何でも運んで来て、火を起こしてあげたわよ!」
「ふざけんな! 火を起こすってのは、そんなに簡単じゃねえんだぞ!」
「あ〜ら、そっちだって! 本当に料理が出来るか、疑わしいものだわ!」
 アキトと薫の視線が激しくスパークした。
「……じゃあ、やってみましょう」
 絶妙のタイミングで割って入ったのは、今まで我関せずを貫いていたミサであった。その唐突で、意味不明の言葉に、アキトと薫の罵り合いがピタリと止まる。
「やって……みる……?」
「何を……?」
「……ですから、忍足さんが男に、仙月さんが女になるということです」
「………」
 ミサの提案を理解するのに、しばらくの時間を要した。
「はあああああああっ!?」
 二人は、これまた息ピッタリに疑問の声をあげた。


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