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吟遊詩人ウィル

狼の祭壇

−9−

 祭壇の上には、まだ裸身をさらしたリィーナが横たわっていた。美しき吟遊詩人が近づく。すると、リィーナは深い眠りから覚めたかのように身を起こした。
「ウィル」
 陶然とした様子で、リィーナが言った。裸身を隠そうともしない。
「ヴァンパイア・ウルフは?」
「斃した」
 ウィルはマントを手にすると、それをリィーナの肩にかけてやった。その手が、一瞬、止まる。
「惨いことをする」
 ウィルの呟きは、近くにいたリィーナにも聞こえたものかどうか。
 それきりウィルは背を見せて、教会から出ようと歩き始めた。リィーナも祭壇から降り立ち、ふらふらと歩き出す。
 そのリィーナに変化が生じた。肩を震わせ、筋肉が強張る。爪が異様に伸びた。
 リィーナはウィルに踊りかかった。
 次の瞬間、血がしぶきを上げる。
 沈黙が全てを支配した。
 立ちつくす影はひとつ。
 それは──
 膝から崩折れる少女の身体を抱き留めながら、ウィルの目は寒々と冷え切っていた。
 ヴァンパイア・ウルフの毒牙にかかったリィーナは、正に最後の刺客としてウィルに襲いかかったのである。彼女の肩にマントをかけてやったときにウィルはそれを知り、非情にも殺めたのであった。
 ウィルはリィーナの身体を担ぎ上げると、夜のカーテンをくぐった。
 死闘の終わりだった。



 テコムの行商人がモンタルンの村を一ヶ月ぶりに訪れたとき、村人の姿はなく、ゴースト・タウンのような静けさだけが迎えてくれた。
 行商人は村中を探し回ったが、やはり誰もいなかった。
 表通り<メイン・ストリート>の突き当たりにある教会だけが破壊の痕跡をとどめていたが、あとの家々は全くの無事で、ドラゴンの襲撃とも思えなかった。
 教会の裏を調べると、多くの墓標が整然と並んでいた。以前に訪れたときと比べると、明らかに膨大な数が増えている。ひょっとすると消えた村人たちのものかもしれないと考え、行商人は怖くなった。
 新しい墓標のすべてには花が供えられていた。まだ、どれもみずみずしい。
 テコムの村にこのことを知らせようと、行商人は急ぎ、今来たばかりの道を引き返した。
 すると、どこからか流れてくる調べが聴こえた。どうやら遠くで吟遊詩人が唄っているようだ。
 美しい声音で唄われる鎮魂歌<レクイエム>。奏でる竪琴の音色は、まるで風のようだった。
 ──これなら、どんな魂も救われる。
 行商人はそう信じて疑わなかった。そして、一生、耳に残ることだろう。
 それは、そんな詩<うた>だった。


<Fin>

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