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祭壇の上には、まだ裸身をさらしたリィーナが横たわっていた。美しき吟遊詩人が近づく。すると、リィーナは深い眠りから覚めたかのように身を起こした。
「ウィル」
陶然とした様子で、リィーナが言った。裸身を隠そうともしない。
「ヴァンパイア・ウルフは?」
「斃した」
ウィルはマントを手にすると、それをリィーナの肩にかけてやった。その手が、一瞬、止まる。
「惨いことをする」
ウィルの呟きは、近くにいたリィーナにも聞こえたものかどうか。
それきりウィルは背を見せて、教会から出ようと歩き始めた。リィーナも祭壇から降り立ち、ふらふらと歩き出す。
そのリィーナに変化が生じた。肩を震わせ、筋肉が強張る。爪が異様に伸びた。
リィーナはウィルに踊りかかった。
次の瞬間、血がしぶきを上げる。
沈黙が全てを支配した。
立ちつくす影はひとつ。
それは──
膝から崩折れる少女の身体を抱き留めながら、ウィルの目は寒々と冷え切っていた。
ヴァンパイア・ウルフの毒牙にかかったリィーナは、正に最後の刺客としてウィルに襲いかかったのである。彼女の肩にマントをかけてやったときにウィルはそれを知り、非情にも殺めたのであった。
ウィルはリィーナの身体を担ぎ上げると、夜のカーテンをくぐった。
死闘の終わりだった。
テコムの行商人がモンタルンの村を一ヶ月ぶりに訪れたとき、村人の姿はなく、ゴースト・タウンのような静けさだけが迎えてくれた。
行商人は村中を探し回ったが、やはり誰もいなかった。
表通り<メイン・ストリート>の突き当たりにある教会だけが破壊の痕跡をとどめていたが、あとの家々は全くの無事で、ドラゴンの襲撃とも思えなかった。
教会の裏を調べると、多くの墓標が整然と並んでいた。以前に訪れたときと比べると、明らかに膨大な数が増えている。ひょっとすると消えた村人たちのものかもしれないと考え、行商人は怖くなった。
新しい墓標のすべてには花が供えられていた。まだ、どれもみずみずしい。
テコムの村にこのことを知らせようと、行商人は急ぎ、今来たばかりの道を引き返した。
すると、どこからか流れてくる調べが聴こえた。どうやら遠くで吟遊詩人が唄っているようだ。
美しい声音で唄われる鎮魂歌<レクイエム>。奏でる竪琴の音色は、まるで風のようだった。
──これなら、どんな魂も救われる。
行商人はそう信じて疑わなかった。そして、一生、耳に残ることだろう。
それは、そんな詩<うた>だった。
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