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吟遊詩人ウィル

狼の祭壇

−8−

「お前と私にふさわしい場所で戦おうぞ!」
 そう言うや否や、ヴァンパイア・ウルフは跳躍し、天井を突き破って外へ出た。ウィルもその後を追い、赤毛の火球が作った穴から飛び出す。外は月が一時的に雲に覆われていたため、漆黒の闇夜であった。
「ここがそうか?」
「そうだ」
 それが合図だったかのように、ヴァンパイア・ウルフは屋根の上を駈けた。角度が急なため、人間のウィルには足場が悪い。ヴァンパイア・ウルフはウィルの背後に回り込んだ。
「どうした、吟遊詩人? 足場が気になるか?」
「ディロ!」
 単発のマジック・ミサイルがウィルの手から発射された。しかし、ヴァンパイア・ウルフは易々と躱す。そのままウィルの死角に入った。
「これで終わりだ!」
 鋭い牙がウィルの頸を狙ってきた。
 バサッ!
 夜目が効くはずのヴァンパイア・ウルフの視界が、突然、ブラック・アウトした。正確には塞がれたのである。ウィルの黒いマントによって。
 マントに包まれたヴァンパイア・ウルフはもがき、転がった。
 そして、ウィルは──
 抜き放った《光の短剣》が輝きを増し、空からマントごと射止めた。
 転がっていたヴァンパイア・ウルフが動きを止める。
 ウィルは無言で《光の短剣》を引き抜いた。
 マントをどけると、ヴァンパイア・ウルフの死屍があった。ウィルはブーツの爪先で軽く蹴る。
「芝居はやめろ」
「バレていたか」
 死体となったはずのヴァンパイア・ウルフが目を開けて喋った。
「貴様らが不死に近いのは知っている。今のは試しに刺してみただけだ。お前も刺されてみたのだろう?」
「フッ、何でもお見通しだな」
 ヴァンパイア・ウルフはゆっくりと起き上がった。
「だがな、やはり勝つのは私だ。──見よ!」
 闇が音もなく引き始めた。美しき月輪が、それらを押しやるように瞬き出す。それはさながら、華々しい舞台の開幕のようであった。
 屋根はステージ。役者は二人いた。
 姿なき観客は役者二人を取り巻き、静かな視線を送っていた。
 ヴァンパイア・ウルフは咆吼を上げた。
 古より伝わる満月と狼の伝説。
 薄汚かったはずの体毛が銀色に生え替わり、眼が爛と妖しい光を放ち始めた。四肢もひと回り大きくなり、ウィルの方へ一歩、踏み出す。魔獣への変貌であった。
 ウィルは《光の短剣》を片手に、低く構えた。
 魔獣ヴァンパイア・ウルフは赤い口を開ける。
 再び咆吼が上がった。
 次の刹那、屋根は吹き飛び、ウィルの身体は宙を舞った。強烈な衝撃波のようなものが炸裂したのである。それが魔獣ヴァンパイア・ウルフの咆吼の仕業であることは言うまでもなかった。
 ウィルは辛うじて屋根の端に着地した。膝をついたのは致し方あるまい。常人ならば気を失って屋根から落下し、首の骨を折っていたところだ。むしろ、屋根の上に着地したウィルの体技に驚嘆すべきであろう。
 魔獣ヴァンパイア・ウルフは、すぐにも二撃目を放つ態勢を取っていた。
 ウィルは立とうとするが、ダメージが大きいのか膝をついたままだ。
 それを嘲笑うかのように、魔獣ヴァンパイア・ウルフは間を詰めた。
「立てぬか。まあ、それもムリあるまい。どれ、そろそろ仕留めさせてもらおう!」
 死のハウリングが美しき吟遊詩人を襲った。
 重低音が駆け抜ける。
 空気が震え、たわんだ。
 ウィルは直撃を受ける寸前、《光の短剣》を屋根に突き立て、衝撃波に備えた。だが、攻撃はそんな生やさしいものではない。《光の短剣》をつかんでいた指が離れた。
 今度こそウィルは吹き飛ばされ、二十メートルの高みから落ちた。魔獣ヴァンパイア・ウルフがほくそ笑む。が、それも一瞬だった。
 落下するウィルの身体が空中で静止していた。
「浮遊術か……」
 魔獣ヴァンパイア・ウルフが呻くように言った。
 浮遊術──風の精霊を召喚し、術者の身体を宙に浮かべる白魔術<サモン・エレメンタル>だ。
 ウィルは再び屋根の上に降り立つと、突き立てたままになっていた《光の短剣》を引き抜いた。すると刀身の光が強さを増した。
「気まぐれな」
 何に対して言ったものか。ウィルは憮然とした表情を作った。
「オレの二度目の攻撃、受けられるか?」
 黒いマントを翼のように広げ、ウィルは跳躍した。魔獣ヴァンパイア・ウルフの背面を取る。しかし、それは読まれていた。
 振り返った魔獣ヴァンパイア・ウルフの渾身の衝撃波がウィルを襲った。マントがちぎれるほどにたなびく。それでもウィルは堪えた。
「ウォォォォォォォォッ!」
 だが、それと同時に、《光の短剣》もより輝いていた。まるで新しい星が誕生したかのように。やがて夜の闇はまばゆいばかりの光に掻き消されていく。
 光は、ウィルはもちろん、ヴァンパイア・ウルフの四肢をも呑み込み――!
 不死であるはずの身体に、光の短剣が突き立てられた。
 ヴァンパイア・ウルフの眼が大きく見開かれる。信じられないという風に。それはウィルの技量に対してではなく、己を貫いた小さな武器──伝説の《光の短剣》に向けられたものだった。
「お、お前……その短剣<ショート・ソード>……は……」
「そうだ。これでやっと貴様も死ねる」
 剣先が抜かれるや、不死身であるはずのヴァンパイア・ウルフは塵と化した。
 ウィルが手にした《光の短剣》には、もはや尋常ならざる輝きを認めることは出来なかった。


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