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歌声は風によって運ばれてきたようだった。
その美しい歌声を聞いたとき、少女は顔を上げ、歌い手を捜すように首を巡らせた。
鮮やかな緑色の絨毯を敷き詰めたような野原。そこに一本だけ真っ直ぐに立っている大木の下に、少女はくつろぐように座っていた。日の光に透けそうな白金の髪を長く垂らし、摘んだ花を手元で持て余すような仕種は、良家の令嬢を思わせる。また、清楚な印象を抱かせる顔立ちもシンプルなデザインのドレスも、それをうなずかせるだけの気品を持ち得ていた。
木漏れ日とそよ風が心地いい昼下がり。歌声が竪琴の甘やかな調べとともに聞こえてきたのは、そんなときだった。
何という美声だろう。思わず耳を傾けずにいられない。少女は歌声と竪琴の音に聞き入った。
闇の帳が降りるとき
南の空に現れし 双子星
紅く輝くは メダウ 雄々しき勇士の星
蒼く輝くは シャム 清浄なる乙女の星
双子星は古の国の道標
ときに紅さを増し 戦の導き手とならん
人々 勇猛に戦い 敵を討ち滅ぼす
ときに蒼さを増し 平和を説く使者とならん
人々 語らいに重きをおき 友好を築く
すべては双子星の啓示のまま
国政<まつりごと>を行い 繁栄を得んとす
だが 星たちは気まぐれなり 誰がための輝きか
やがて人々は 双子星の輝きに運命を歪められる
───
不意に歌声は途絶えた。少女が初めて聴く歌だったが、まだ途中であったはずだ。
代わりに草を踏みしめる音が近づいてきた。少女はハッと身構える。
「オレの歌を聴いていたのか?」
美しい歌声そのままに、相手は少女に尋ねてきた。少女はうなずく。だが、その様子に、歌い手は不審なものを感じ取ったようだった。
「目が見えぬのか?」
少女はまたもうなずいた。盲目の少女。その美しい瞳からは一切の光が失われていた。
「あなたも吟遊詩人の方ですね」
今度は少女の方から尋ねた。少し言葉が硬い。緊張しているようだ。
相手は、そうだ、と短く答えた。そして、
「失礼だが、最近も吟遊詩人に出会ったのか?」
と尋ね返す。少女は、一瞬、躊躇したように見えたが、それを認めた。
「はい。リュートを持った旅の方でした。今のあなたと同じように、私の前に現れて……。でも、それは不幸な出会いだったのです」
少女の表情は曇った。つらくとも忘れられない想い出。それが少女を苦しめているかのようだ。
「その目と関係があるのか?」
吟遊詩人に問われ、少女はハッとした。その通りだったに違いない。
少女はしばらく黙りこくったが、その間、吟遊詩人はずっと待ち続けた。話を急かすことはせず、それでいて少女が語り始めることを確信しているかのように。
やがて、少女は重い口を開いた。
「聞いてくださいますか?」
「ああ」
そう答えると、吟遊詩人は少女の隣へ腰を下ろし、抱えていた竪琴を脇に置いた。
少女は語り始めた。一月ほど前に出会った旅の男と自分に訪れた不幸について。
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