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ラークをどこへ連れ去ったのか、盗賊の口から聞き出したウィルとロベリアは、王宮《ヨツンヘイム》の城門前にいた。巨大な門扉は固く閉ざされ、訪れたすべての者を拒んでいる。実際、国王ソロン�言い�ベギラを捨てて以来、この城門は開かれていない。
「本当に、ここにラークが？」
ここだけは、盗賊ギルドも入り込めない場所だと考えていたロベリアにとって、盗賊の言葉は意外だった。むしろ、口を割った盗賊に騙されたのではないかと、この時点でさえ思っている。
だが、ウィルは確信があるのか、挑むように城門を見つめていた。
「城には、万が一の場合に備えた抜け穴がある。ギルドはそこから入り込んでいるのだろう。だが、オレたちにはそれを探している時間はない。ここから入るぞ」
入るぞ、と言われても、城門は内側から厳重に施錠されている。簡単に入れるわけがなかった。
ロベリアがそれを指摘しようとすると、ウィルが一歩進み出て、城門に右手をかざした。
「アンス！」
短く発せられた呪文。すると、途端に城門の内側から重々しい音が響き、独りでに巨大な門扉が開き始めた。
ロベリアは驚いたように、その場に立ち尽くした。もちろん、これはウィルの魔法だ。開門の魔法。どんなに厳重な施錠も、この呪文の前には用をなさない。
数人がかりで開閉しなくてはならない城門が、易々と開け放たれた。その奥は、内壁を通って、真っ直ぐ城へと道が続いている。
「行くぞ。オレから離れるな」
ウィルはそうロベリアに促すと、先に立って歩き始めた。ロベリアが早足でそれに追いつく。
王宮《ヨツンヘイム》は、長く打ち捨てられたことを示すように、静まり返っていた。むしろ、この静寂さがロベリアを不安にさせる。本当にラークがここにいるのか。もし、別の場所であったなら、こんなところで時間を費やしている暇はなかった。
だが、その不安を口にすることなく、ロベリアはウィルと一緒に内壁をくぐり、城の入口へと達した。再びウィルが開門の呪文を唱えると、先程と同じように扉が開く。中は広々としたホールになっていた。およそ二階分の高い天井。左右にはバルコニーが張り出し、正面には幅の広い緩やかな階段が待ち受けている。
ウィルはしばらくその場で中の様子を窺っていたが、一つ何事か小声で呟くと、再び歩き始めた。正面の階段を登り、回廊を進んでいけば、玉座のある謁見の間だ。
だが、階段へ達する手前、ホールの中心まで進んだとき、左右のバルコニーから複数の人影が姿を現した。アッシュ配下の盗賊たちだ。皆、手にはクロスボウを構えている。
「射て！」
合図ととともに、クロスボウから矢が発射された。ウィルとロベリアに向かって飛来する。
完全な待ち伏せに、二人は格好の獲物となった。これだけの人数で狙われたら、命中しないわけがない。しかし──
ロベリアが思わず頭を抱えた瞬間、矢は突如として逸れ、力なく床に落ちた。それは一本だけではない。二人を狙ったすべての矢が、周囲の床に散らばった。
狙撃手たちは、当然、驚いたが、ウィルと一緒にいたロベリアもまた同じだった。まるで矢が到達する手前で、強力な横風が吹き、はたき落としてしまったかのようだ。いや、実際そうだったと、ロベリアは後になってから知らされた。
ウィルが魔法で作り出した風のシールド。先程のウィルの呟きは、この呪文だったに違いない。それがクロスボウの矢から二人の身を守ったのだ。
狙撃手たちは二射目を行った。だが、結果は同じだ。矢はウィルたちまで届かない。
ウィルは悠然と進んだ。ロベリアは離れないようにくっついて行く。
クロスボウが役に立たないとあきらめた盗賊たちは、舌打ちすると、バルコニーを正面階段の方へ走り、短剣＜ショート・ソード＞を抜いた。剣を振りかざし、ウィルたちへと襲いかかろうとする。
しかし、階段で合流したのは失敗だった。ウィルがマントをひるがえす。
ゴーッ！
風のシールドは強まり、そして、その範囲を拡大させた。猛烈な強風が盗賊たちを襲う。
不意を打たれた盗賊たちは、吹き飛ばされ、階段に体を叩きつけられた。起き上がろうとするが、風に体を押さえつけられ、もがくのが精一杯だ。ウィルとロベリアは、その間を通り過ぎ、二階へと登った。
ロベリアは階段を登るウィルの背を見つめた。何という男だろう。待ち伏せていた盗賊たちをたった一人でねじ伏せてしまうとは。こんなことは、この男にとって造作もないことなのかもしれない。そう思うと、ロベリアは空恐ろしさを感じるのだった。
階段を登りきったところで、ウィルは再び立ち止まった。手で下がっているようロベリアに合図し、おもむろに回廊へ向かって前転するように飛び込んだ。
「死ねーっ！」
それに遅れて、回廊入口の両脇に潜んでいた盗賊二人が、左右からウィルに斬りかかった。だが、その待ち伏せすらも読まれている。奇襲は空振りに終わった。ウィルがすぐさま身を起こし、盗賊たちを振り返る。
「ディノン！」
ウィルの手から二発のマジック・ミサイルが発射された。たたらを踏んだ盗賊たちを痛打する。
ウィル本来の力からすれば、盗賊たちの命を奪うことなど造作もなかった。だが、盗賊とはいえ、普通の人間である彼らに対し、魔力はいささか加減してある。盗賊たちは胸を押さえながら倒れ込もうとした。
しかし、その瞬間、片方の盗賊が最後の力を振り絞って、短剣＜ショート・ソード＞を振るった。ウィルにではなく、回廊の入口に結ばれた一本のロープに向かって。
ロープが切断されるや、ウィルたちの頭上から捕獲用のネットが落ちてきた。罠だ。
ウィルは飛び退こうとしたが、もう一方の盗賊が組み付いてきた。振り払えない。
「ウィル！」
捕獲ネットは盗賊ごとウィルを捉え、その動きを封じた。
そこへ回廊の向こうから、新たに五人の盗賊たちが現れた。アッシュたちだ。獲物がかかったと見て、ほくそ笑んでいる。
ロベリアは身構えた。
「正面から堂々と乗り込んでくるとはな。さすがのオレも驚いたぞ、ロベリア」
アッシュは笑っていたが、眼だけは違った。冷酷な視線がロベリアに突き刺さる。
それでもロベリアは気丈に振る舞った。
「アッシュ、ラークはどうしたの？ あなたたちが連れ去ったんでしょ？」
アッシュはうなずいた。
「ああ。今は奥の謁見の間でお休みいただいている。心配か？」
「………」
「だが、ロベリア。ヤツが本当のことを知ったらどうなるかな？ 《恭順の耳》を盗んだのが、本当はお前だと知ったら？」
アッシュの言葉にロベリアはサッと表情を凍りつかせた。それは一番に危惧していることだ。
だが、それも自業自得。弟のマイケルを助けるための交換条件とはいえ、ロベリアが罪を犯したのは事実だ。ラークに許しを請うことなど、土台、無理な話なのかもしれない。同時に、それを持ちかけた目の前のアッシュを憎む。
「そうやって自分は手を汚さずに、他人の成果を横取りする。それがあなたのやり口よね、アッシュ？」
挑発するように言うロベリアに対し、アッシュは嘲笑った。
「横取り？ 取引と言ってもらいたいものだな。お前だって、それを承知していたはずだ。もっとも、お前が助けたがっていた弟は手遅れになってしまったがな。しかし、それでオレを恨むのは筋違いというものだろう。薬漬けにしたのはピットのヤツだし、元々はお前の弟がギルドを出し抜こうなどと考えるからいけないのだ」
肩をすくめて言うアッシュを睨みつけ、ロベリアはその顔を殴りたい衝動に駆られたが、背後から近づいていた盗賊たちに気づかず、呆気ないほどに捕まってしまった。階段で転がっていたはずの盗賊たちだ。ウィルの魔法効果が切れて、動けるようになったのだろう。ロベリアは身をよじったが、数人がかりでは抵抗もムダだった。
「お前との話は後だ。今は厄介なヤツを始末せねばならんからな」
アッシュはそう言って、《灰燼剣》を抜きながら、捕獲ネットの中でもがいているウィルへと近寄った。ウィルはネットの中という動きづらさと、必死に押さえ込もうとする二人の盗賊たちのせいで、魔法すら唱える隙がない。アッシュはその前に立つと、《灰燼剣》を逆手に持ち、ウィルの心臓に狙いを定めた。
「お前が何者であるのか知りたかったが、殺せるときに殺しておかねばオレの方が殺られそうなのでな。安心しろ。すぐに《灰燼剣》で甦らせてやる。──オレの下僕としてな！」
アッシュは《灰燼剣》を振り上げた。《灰燼剣》が不気味な光を放つ。
「ウィル！」
ロベリアの悲痛な叫びが回廊に響いた。
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