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◆突発性競作企画第18弾「E」参加作品◆

学園プリンセス

−2−

 気がつくと、オレは教室の自分の席に座っていた。どうやら、気絶している間に運ばれたようだが、すでに授業は終わったらしく、誰もいやしない。まあ、一応は出席扱いになったのかな。
 立ち上がろうとしたオレは、腹に鈍い痛みを感じて顔をしかめた。あのタコ親父、思い切り殴りやがって。いつか勝負をつけねえといけねえな。
 オレはよろめきつつ、窓際に近づいた。そこからグラウンドを見下ろす。
 偶然にも、校門へ向かって歩いているエルフィーナを見つけた。その彼女を数人の女子生徒たちが取り囲むようにしている。いつも、その中心にいるのはエルフィーナだ。彼女がこの学校へ来てから、よく見られる光景。
 エルフィーナは女子生徒たちと談笑を楽しんでいるようだった。エルファンのお姫様とはいえ、こういうところは普通の女の子らしい。オレは思わず見取れていた。
「いつも可愛いねえ、エルフィーナちゃんは」
 急に隣で声がして、オレはビックリした。いつの間にか、隣のクラスの金城慶吾(かねしろ・けいご)が、オレと同じようにグラウンドを見下ろしてやがる。
 慶吾とは、この三月まで一緒のクラスだった。性格はまったくの真逆。オレはバリバリの硬派だが、慶吾は女子生徒にモテモテの軟派野郎で、特に勉強が出来るわけでも、スポーツが出来るわけでもないクセに、口の巧さと日本人離れしたルックスで、とても人気がありやがる。本当なら、こんないつも口許に冷笑を浮かべているようなヤツとはソリが合わないはずなのだが、どういうワケか慶吾のヤツとはウマが合った。オレの数少ない友人の一人と言えるかもしれない。
 オレは誤魔化すように身体を百八十度反転させると、後ろ向きで窓際に寄りかかった。エルフィーナがいるグラウンドを見ないようにする。慶吾はそんなオレを見て、含み笑いをしやがった。あー、ムカつく。
「卓馬。最近、エルフィーナちゃんと仲がよろしいそうじゃないか」
 慶吾にそう言われ、オレはさらにそっぽを向いた。
「んなこたぁねえよ」
「そうか? この学校でも、お前さんとエルフィーナちゃんの仲をやっかんでいる連中は多いんだぜ」
 それはちょっと感じていた。オレを見つめる野郎どもの目つき。何かとエルフィーナに声をかけられるオレが疎ましいんだろう。まあ、このケンカで名の知られた王子卓馬でなければ、一日に何回も因縁をつけられていたかもな。
「お前も嫉妬している一人か?」
「まあね」
 オレのさりげない問いかけに、慶吾の口調はあくまでも軽く、どちらに取っていいのか分からなかった。複数いるガールフレンドにしたって、本気で付き合っているのかどうか怪しいものだ。
「ところで卓馬。お前、知っているか?」
「何を?」
「エルフィーナちゃんが地球へ留学してきた理由さ」
 随分と唐突な話題だった。オレはエルフィーナが留学してきた経緯を思い出す。
「そんなの、地球の文化を学び、親睦を深めるためのパフォーマンスだろ?」
「ところが、もう一つ、真の目的があるらしいんだな」
「真の目的? まさか、スパイとか?」
 さっきも少し触れたと思うが、地球人すべてがエルファンを受け入れたわけではない。未だに侵略者だと疑う者は少なくなく、地球に降りたエルファンたちはスパイ活動をしているのだと信じ込んでいる。まあ、エルフィーナを見ている限り、そんなことはまずねえと思うがな。
 オレの冗談めかした言葉に、慶吾は口の端を歪めた。
「いつから反エルファン派になったんだ? それをエルフィーナちゃんが聞いたら、とっても悲しむぞ」
「だから、冗談だって。んで?」
「エルフィーナちゃんが地球へ降りてきた目的──それは、これさ」
 慶吾はおもむろに親指を突き立てた。オレは意味が分からず、キョトンとする。
「何だよ、それ?」
「まったく、鈍いヤツだなあ。女の子にとってコレって言ったら、アレしかないだろ?」
「女の子にとってのコレで、アレ?」
 理解できてないオレに、慶吾はわざとらしくため息をついた。悪かったなあ、頭悪くてよお。回りくどいのは苦手なんだよ。
「つまりエルフィーナちゃんは、お婿さんを捜しに来たってワケさ」
「はあぁ!?」
 思いもしなかった慶吾の言葉に、オレはあんぐりと口を開けた。その意味がまったく頭に浸透してこない。
「慶吾、お前、何言ってんだよ? エルファンであるエルフィーナが、何で地球人の中から婿養子を捜すんだ?」
 オレが疑問を呈すと、慶吾は教師よろしく答えた。
「卓馬くん、もっと歴史を学びたまえ。日本でも世界でも、昔から同盟を強固なものにするとき、政略結婚という手段を用いるじゃないか」
 なるほど。オレは妙に納得してしまった。しかし──
「それは地球人同士での話だろ? 異星人であるエルファンと成立するのか?」
 すると、またここで慶吾は意味ありげな視線をオレに送ってきた。
「それが大丈夫なんだな。何日か前にテレビでやっていたんだが、生物学的に見ても、地球人とエルファンは、いささか外見の違いがあれども、様々な点で似通っているんだ。だから、両者の間に子供を作ることだって──」
 びむっ、と慶吾は得意げに親指を立てた。
 そ、そうかあ。そうだったのかあ。
 オレはいつの間にか百八十度、体を元に戻し、エルフィーナの後ろ姿を目で追っていた。すると隣で慶吾のヤツがニヤニヤし始めやがった。
「エルフィーナちゃんと結婚できたら、凄いだろうなあ。何たって、エルファンの王女<プリンセス>だぜ」
「そうだな」
「何が『そうだな』だ! この、宇宙一の逆玉野郎が!」
 慶吾はいきなり肘で、オレをどついてきた。
「痛えな、慶吾!」
「すっとぼけんな、色男! 今、この学校で、エルフィーナちゃんのお婿さん最有力候補は、お前だろ!」
 またしても慶吾は、とんでもないことを言い出しやがった。オレは気が動転する。
「ば、ばばばばば、バカも休み休み言いやがれ! な、何でオレが宇宙人のエルフィーナなんかと!」
 口ではそう言いながらも、オレの頭の中には、三つ指ついて、玄関で「お帰りなさいませ」と出迎えてくれるエプロン姿のエルフィーナがいた。違う、違う、何かが違う!
 すると慶吾は急に真顔になって、
「だって、女子を除いて、一番、エルフィーナちゃんが親しげにしているのはお前だぜ。彼女が何某かの好意を持っている証拠さ」
 と指摘した。ま、マジかよ?
 そのあと、「次に可能性があるのは、まあ、この僕だろうけどね」と慶吾はちゃっかり自分をアピールしていたが、ツッコミを入れるのも忘れちまった。
 オレは下校していくエルフィーナの顔を見て、どくんと心臓が高鳴った。あ、オレ、何かおかしい。激しい運動をしたわけでもないのに動悸がしやがる。
「これで卓馬も、本当の『王子さま』だな」
「! ──てめえ、この野郎!」
 オレはハッと我に返り、禁句を口にした慶吾にヘッドロックを噛ました。慶吾は痛みを堪えきれず、必死にオレの腕を叩く。
「ギブアップ、ギブアップ!」
「うるせえ! そう簡単に許すか!」
「──あっ、卓馬! アレ見ろ、アレ!」
「んな手に引っかかるか!」
「バカ! エルフィーナちゃんを待ち伏せしている怪しいヤツがいるんだよ!」
「なに!?」
 オレはあっさりと慶吾を離した。そして、窓から身を乗り出すようにして、エルフィーナの方を見る。
 慶吾が言ったとおり、校門のところに黒塗りのベンツが停まっていた。そこにチンピラ風の男がタバコを吸いながら三人立っている。男たちは無関心を装っているふりをしていたが、時折、エルフィーナたちの方を窺っているのは確かだ。
 一方、エルフィーナは女子生徒たちとの会話に夢中のようで、まったく男たちに気づかない。男たちが何か行動を起こすのではないかと注意して見ていたが、今日はただの様子見だったのか、それともエルフィーナの周りにあまりにも他の生徒が多かったからか、特に変わった動きは見せなかった。そのうち、エルフィーナたちは校門から出て行き、男たちもベンツに乗り込むと反対方向へ走り去ってしまう。だが、オレの勘は何となくきな臭さを感じ取っていた。
「どうだい、本当だったろ?」
 慶吾はヘッドロックで乱れた髪をブラシでセットし直しながら言った。オレは黙ってうなずく。
「エルフィーナちゃんに何かしようっていう連中じゃなきゃいいんだけどね」
 ベンツの男たちはエルフィーナの拉致でも考えていたのだろうか。もっとも、エルフィーナの近くには、いつも親父たちSPが陰ながら警護しているのだから、滅多なことはないと思うが。
 それでもオレは、イヤな予感がしてたまらなかった。


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