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アンたちのところへ貴族の令嬢クリスと執事のジェラードが訪れていた頃、ケインとローラは別の場所にいた。
「すみません、こんなことをケイン様にお願いしてしまって」
周囲に誰か来ないか気にしながら、ローラは申し訳なさそうに言った。そのケインは、軽い身のこなしで川の護岸を下に降りようとする。振り返って、立ち尽くすローラに手を差しのべた。
「いいって。オレも気になっていたんだ。なんでヤツらがここへ入って行ったのか。ただ単にアンを誘い込むだけだったとは思えないしな」
「ええ」
ローラは、幾分、硬い表情ながら、ケインの手を取って階段を降り始めた。
二人がこうして、ラーズの街のほぼ中心を流れる川へ訪れるのは二度目だった。一度目は、にせラディウスのガデスを単身追って行ったアンを助けるため。この川はそのまま地下の下水道へとつながっており、さらにあちこちへ、まるで迷路のように張り巡らされている。そのときはアンの安否が気がかりで、ロクな準備もしていなかったが、今回はちゃんとランタンとロープ、それに地図を描けるように羊皮紙とペンを持って来てあった。これで下水道の中を心置きなく探検できる。
ケインたちが地下下水道を調べようと思ったのは、ここにガデスが潜伏している可能性があったからだ。勇者ラディウスの名を騙り、ハダル村で傍若無人な振る舞いをしたガデスには、正式に村人たちから訴えが起こされ、それを受理した官憲にも手配されている。ケインたちも少なからず因縁があり、できることなら自分たちの手で捕らえたいと思っていた。
それに下水道は、一年以上前の記憶がないローラにとって、失われた過去を取り戻すきっかけとなりそうな断片的なイメージと重なる場所でもあった。そこで幽閉されていた光景が、不思議とローラの記憶によみがえったのだ。もちろん、この下水道が同じ場所だという確証はない。ローラが見た夢のような映像はぼんやりとしたものだったし、本当にこの地下下水道で起きた出来事だったのか、ローラ本人でさえ自信が持てないのだ。しかし、だからこそ、それを調べずには居ても立ってもいられないローラであった。
そこでローラは、ケインとともに地下下水道の調査へやって来たのである。下水道の中では、前回のようにジャイアント・ラットやジャイアント・バットのようなモンスターに遭遇する可能性も高い。いわばケインはローラの護衛役も兼ねているのだ。
二人は川の近くを通りかかる人々の目を気にしながら、下水道の入口前まで辿り着いた。一応、国が管理している下水道に入り込むことは、大した罪にはならないだろうが、さすがに見咎められる恐れがある。下手に通報でもされたら、下水道の探索がしづらくなってしまうだろう。
そういう意味では、特に誰かに注意されることもなく、うまく下水道に入り込めたことは出だしとして上々だった。
「じゃあ、オレから離れないように。いいね?」
「はい」
ケインの言葉にローラは従った。ケインはランタンに明かりを灯すと、前方を照らしながら、探索を開始する。
前に来たときよりも、下水道は薄暗く感じられた。それも当然。あのときはローラの身体から不思議な光が発せられ、周囲を明るく照らし出していたからだ。それに比べ、ランタンの明かりはなんとも心許なく思える。だが、ローラ自身も、まだ聖魔術<ホーリー・マジック>の扱いに慣れていない以上は、可能な限りランタンで済ませようとケインは考えていた。
下水道の中は、相変わらず生活排水特有のひどい臭いがこもり、足元もヌラヌラして、歩くにも気をつけなければならなかった。自然とローラがケインの背にしがみつくような格好になる。ケインはそのままにさせ、黙って陰気な通路を進んだ。
頼りなげな明かりと、反響して聞こえる水の流れとふたつの足音。すぐに下水道は左右の支流へと別れ、探索者を迷わせようとしている。もちろん、ここは侵入者を排除しようという目的で造られたダンジョンではない。下水道が縦横に張り巡らせてあるのは、街の隅々にまで整備されている証拠だ。それだけに広大さがようと知れる。
「どうなさいます?」
ケインの後ろでローラが尋ねた。探索する方向を言っているのだ。
ケインに迷いはなかった。
「このまま行ってみよう。左右よりも、まだこの先の下水道の方が広そうだ。ということは、これが本流だろう。突き当るまで歩いてみて、支流がいくつあるか数えるんだ。しらみつぶしもいいだろうけど、それだと時間がかかりすぎるからね」
「はい」
ローラに異論はなかった。元々、ローラはこの風来坊の剣士を信頼している。彼はまるで伝説の勇者ラディウスのように、ローラたちのピンチに現れ、そして助けてくれるのだ。ケインがいてくれる限り、ローラは心強かった。
下水道の本流は、ほぼ真っすぐに伸びていた。ケインたちは地図を描き込みながら、そのまま進み続ける。一度、下水が滝のように流れ落ちる箇所に差しかかったが、メンテナンス用に造られた通路にも階段があり、難なく下へ降りることができた。
こうして、どのくらいの距離を歩いただろうか。おそらくはラーズの市外にまで伸びていることはないだろうから、たかが知れているはずだ。運よくモンスターにも遭遇せず、かなり奥まで来たと思われた頃、大きな空間へと出た。
「ここだ」
ケインはランタンの明かりで周囲を照らしながら、天井を仰ぎ見た。
そこは前回、ケインたちがジャイアント・バットと戦ったところだった。あちこちから下水が流れ込み、地下に大きな貯水池を作り上げている。ここからさらに大きな下水道が伸び、それが海へとつながっているようだ。つまり、下水道はここが終着らしい。この先に進める通路はなかった。
「どうやら、ここからが本番のようだな。――大丈夫か、ローラ?」
ケインはそばにいるローラを気遣った。この前のように高熱でフラフラという状態ではなかったが、この地下の探索行は女の足では困難をともなう。いささか疲労の色が顔に滲んでいた。それでも、
「大丈夫です」
可愛い顔をしながら、ローラは弱音を吐かなかった。そもそも、ローラのほうがケインに同行を頼んだのだ。ローラが足手まといになっては、ケイン一人で行けばよかったということになる。
ケインはそんなローラの疲れを見て取った。
「少し休もうか」
「でも……」
「どうせ、一日じゃ探索し尽くせないさ。最初から無理をする必要はないよ」
「はい」
「よーし、素直だ。――まったく、アンにも少しは見習わせたいくらいだな」
ケインは、自分を目の敵にしている赤毛の少女の顔を思い出して、ため息を漏らした。なにしろ、アンの家に居候させてもらっている身分のため、帰れば嫌でも顔を合わせなくてはならない。そうすると決まって聞くに堪えない罵詈雑言が飛んでくる。
ローラはクスッと笑った。
「アンはあまり男の人が好きじゃないから。だからケイン様にあんな態度を取るんですわ」
「男嫌い? 昔、好きな男にひどく裏切られたとか?」
「さあ。私もそこまでは詳しく聞いたことはないですけど」
「愛想を良くしろとまでは言わないから、せめてあの、すぐに暴力を振るう性格をなんとかしてもらいたいものだな」
ケインはぼやくように言うと、休憩しようと、下水道の壁に寄りかかった。ところが――
ガクン!
壁が動くような気配がして、ケインは慌てて身体を起こした。すると、今まさにケインが寄りかかろうとしたところが、ポッカリと口を開ける。突然のことに、ケインは目を丸くした。
「な、なんだぁ!?」
「隠し部屋ではありませんの?」
「隠し部屋?」
ローラの指摘に、ケインは手にしていたランタンを中に差しいれた。
「何だ、こりゃ!?」
部屋を覗いて、ケインはさらに驚いた。中はかなりの広さがあり、背の高いロウソク立が立ち並ぶ。さらに奥には古めかしい断頭台が置かれ、その前の床には血で描いたのではと思われる、まがまがしき六芒星の魔法陣があり、周囲に骨のようなものが散らばっていた。
ローラも部屋の中を見た。その途端、吐き気を催し、口許を押さえる。急に悪寒が襲い、冷汗をびっしょりとかいた。
「ローラ!」
ショックを受けた様子のローラを、ケインは抱きかかえるようにした。ローラの顔色はすっかり青ざめてしまっている。高熱にうなされた状態のローラを思い出した。
「出よう。外に出て、新鮮な空気を吸った方がいい」
すると、ローラはケインの腕をつかんだ。思いの外、強く握りしめてくる。その力にケインはハッとした。
「私、知っている……」
「えっ!?」
「この場所を私は知っている……私、ここに閉じ込められていたんです……!」
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