←前頁]  [RED文庫]  [「勇者ラディウス」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→


勇者ラディウスの花嫁

−4−

 ケインがローラを送り届けると、相変わらずアンが不機嫌そうな顔で出迎えた。
「ちょっとぉ、どこへ行っていたのよぉ!?」
 非難の目はケインにばかり向けられている。ローラは何かを言いかけたが、それはケインに遮られた。
「どこだっていいだろ」
 素っ気ない返答。それはアンをムッとさせるのに充分だった。
「よくないわよ! 一応、あんたはここで働いて、居候までさせてあげているんだからね!」
「アン、ケイン様は――」
 ローラはアンの怒りが沸点に達しないうちにと、事情を説明しようとしたが、再びケインが前に出て、あえて矢面に立つ。
「そいつは、悪うございましたね」
 アンには地下下水道の探索のことを黙っていた方がいいとケインは判断した。アンはローラの記憶が戻ってほしくないと、どこかで思っている節がある。それは本心からではない感情だけに、結果的にアンを苦しめる恐れがあった。
「とにかく、メシにしようや。腹が減ったぜ」
 まったく、こちらの話を聞いていないようなケインの態度に、アンは肩を怒らせ、思わず握りこぶしを作る。ローラは慌てて、その間に割って入った。
「ケンカはやめて、アン。それより、新しい仕事が入ったの?」
 ローラがそう思ったのは、アンがケインを捜していたようだと察したからだ。そうでなければ、ケインがどこ行こうと、普段ならば頓着しないはずである。
 アンは振り上げた拳のやり場に困り、代わりに髪をかきむしった。
「うん。貴族の娘からの依頼。ママは高額の報酬がもらえそうだと、乗り気みたいだけど」
「どうやら、アンは乗り気じゃない様子ですわね」
 曇った表情のアンを見て、ローラは妹を思いやるような口調で言った。アンはうなずく。
「だって、その依頼ったらおかしいのよ。勇者ラディウスを捜して欲しいんですって」
「勇者ラディウスを?」
 耳だけ動かしていたケインが聞き咎めた。呆れたように、アンの方を振り返る。
「そんなの、もう生きてないに決まっているじゃないか」
「私やママだって、そう言ったわよ! 伝説の勇者だもん! 生きていたって、よぼよぼのおじいさんになっているはずだわ! それでも向こうは、このラーズの街にラディウスが現れたという話を聞いたっていう一点張りなのよ!」
 どうして、かくもこんなにラディウスに祟られるのか。そう思ったのは、何もアンばかりではないだろう。
 すると、ローラが何かに気づいたように、あっ、と声をあげた。
「そのラディウスって、ひょっとして?」
 ローラはケインを見た。ケインは分からないといった顔をする。
「心当たりがあるのか?」
「にせラディウスですわ。ハダル村の」
 勇者ラディウスを騙ったガデスは、このラーズの街に逃げ込んだと見られている。その情報が地方へと伝わるうちに、ニセモノが本物へと変わってしまったのだろう。
 ケインは笑いだした。
「こいつは傑作だ! にせラディウスを求めて、遠路はるばるか? ご苦労なこったな。そこまでしてラディウスを捜し求める理由って何だ?」
「結婚するそうよ」
「結婚!?」
 これにはケインもローラも、あんぐりと口を開けた。いや、当たり前の反応かもしれない。常人ならば。
 さらにケインは涙を流さんばかりに大笑いした。腹がよじれたのか、身体を二つに折る。
「貴族の娘ってのも、相当に変わっているな。ロマンチストも甚だしい」
「相手は真剣なのよ。もちろん、ラディウスはニセモノの可能性が高いって話したわ。でも、『それはこちらで確認するから』って言って。とにかく、あの野郎を捜さないといけないのよ」
「なるほどね」
 ケインはアンに気づかれないよう、ローラに目配せした。その意味を汲み取り、ローラは黙っておくことにする。
「なにはともあれ、腹ごしらえだな」
 ケインはそこで話を打ち切り、着替えのために自室に戻った。



 闇の中にふわふわとした光が漂っていた。光の精霊<ウィル・オー・ウィスプ>だ。それを水先案内人として、フード付きのローブを着た小男が黙然と歩いていた。
 小男は、一度、後ろに誰もいないことを確かめると、足を止めた。そして、何もない壁に向かう。
 ゴトッ、という重たい音とともに、人ひとりが通れるくらいの穴が開いた。何かの仕掛けがあったらしい。たいまつ代わりの光の精霊<ウィル・オー・ウィスプ>が、すーっと中に入ると、小男もそれに続いた。
 そこは秘密の部屋だった。中央に描かれた赤い魔法陣と鎮座した断頭台。密閉された部屋の中はカビ臭かった。
 小男は訪れたにもかかわらず、入口の近くに立ち、なかなか奥へ進もうとしなかった。何かがおかしい。そんな部屋の異変に気づいたようだった。
 やがて、断頭台の裏側から人影が現れた。
「なかなか用心深いじゃないか」
 隠れていたのはケインだった。夜、再びここへ舞い戻り、部屋の利用者を待ち受けていたのだ。
「誰だ?」
 フードの中からかすれたような声が問うた。ケインからは相手の顔を見ることができない。ひょっとするとローブの下は暗闇なのではないか。そんな疑念に囚われた。
「オレはケイン。見ての通り剣士だ。にせラディウスを捜している」
「にせラディウス?」
「あんたの相棒さ」
「ああ、ガデス殿のことか。彼は相棒などではない。ちょっと手を貸してもらっているだけだ。生憎と今は別行動でね」
「そのようだな。しかし、あんたにも聞きたいことがあるんだ」
「ほう」
「この部屋、一体、なんなんだ?」
「それを知る必要は……キミにはない! ディロ!」
 突然、光の精霊<ウィル・オー・ウィスプ>が光の矢となって、ケインに飛んだ。避ける間もない。ケインは光の矢――マジック・ミサイルを真っ向から喰らった。
「つあっ!」
 ケインの顔が苦痛に歪んだ。このフードの男が魔術師らしいということは、アンからの話で知っている。だが、魔法を使えないケインにはどうしようもない。せめて、もう少し距離を縮めていれば、こちらから先制を仕掛けることもできたであろうが。
 聖魔術<ホーリー・マジック>が使えるローラは、危険がともなうので連れてきてはいなかった。それにここを訪れれば、また忌まわしい過去のイメージに苛まれるだろう。
 灼けるような痛みを押し殺しながら、ケインは正体不明の魔術師に向かって行った。といっても、唯一の光源であった光の精霊<ウィル・オー・ウィスプ>がなくなってしまったため、そこにまだ魔術師が立っているのか確証はない。部屋は暗闇に還っていた。
「たあっ!」
 ケインは勘だけを頼りに長剣<ロング・ソード>を一閃させた。すると剣先が何かに触れて、切り裂く感覚が腕に伝わる。どうやら、魔術師のローブの端くらいは捉えられたようだ。
 盲滅法な攻撃ではあったが、いささかなりとも効果をあげ、相手を慌てさせることができたようだった。暗闇で目が見えないのは魔術師も同じである。どこから斬りかかられるか分からないのは脅威に違いない。
「エメナ!」
 たまらず魔術師は光の精霊<ウィル・オー・ウィスプ>を再召喚した。ケインはニヤリとする。互いの姿が見えるようになると、魔術師との距離は思った以上に詰まっていた。あと二歩も近づけば剣の間合いだ。
「さあ、その顔を拝ませてもらおうか!」
「図に乗るな、小僧!」
 魔術師は顔を見られまいとしつつ踵を返すと、部屋の出入口を開けた。逃げる気だ。ケインも即座に後を追おうとする。
 その魔術師が逃亡する寸前、ケインに向かって右腕を突き出す。
「ヴィド・ブライム!」
 口早に呪文が唱えられるや、魔術師の右手に恐ろしい火球が膨れあがった。ケインは目を見開き、反射的に横へ跳ぶように逃げる。
 魔術師は部屋の中にファイヤー・ボールを撃ち出した。それはちょうど魔法陣の近くに落ち、轟音とともに爆発を起こす。断頭台がまず吹き飛ばされた。
「こんなところで使う魔法かよ!?」
 爆発は瞬く間に拡大し、部屋を圧しようとした。ケインは起き上がりざま、無我夢中で出口へと駆け込む。炎がケインの背中を押し包もうとした。
「うわぁっ!」
 間一髪、ケインは隠し部屋から飛び出し、そのまま下水が集められた貯水池に落ちた。その刹那、真っ赤な火柱が隠し部屋の出入口から噴き出す。爆発音が下水道中を響き渡った。
 地下貯水池から頭を出したケインは、火災に包まれた隠し部屋を見つめることしかできなかった。すでに魔術師はいずこかへ逃亡している。まんまと証拠隠滅を図られたわけだ。
 ケインはしてやられた悔しさを押し殺しながら、バシャリと水面を叩いた。


<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「勇者ラディウス」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→