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地方貴族の娘クリスの珍妙な依頼を受けたアンたちは、早速、翌日から勇者ラディウスの捜索に動きだした。
とはいえ、本当にアンたちが捜しているのは、本物のラディウスではなく、にせラディウスことガデスである。それは、このラーズの街に現れたというラディウスが、ガデスのことである可能性が高いからだった。
アンとローラは手分けして、ラーズの街にある宿屋をしらみつぶしに当たった。ガデスがラーズの街にいるなら、どこかに宿を取っているのではと思ったからだ。
しかし、宿屋を捜すというのは、すでに官憲で手配されていることを考えると、誰もが考えそうな安直な行動かもしれなかった。そういう意味では、アンたちは、ただ官憲と同じ捜査をなぞるだけに終わるかもしれず、どこまで成果が上げられるかは疑問だった。もっとも、他にも事件を抱えているはずの官憲がどこまで本腰を入れて捜査をしているかは、これまた別問題なので、すべてがムダということもないだろうと、アンたちは自分に言い聞かせていたが。
「どうだった?」
ちょうど昼頃、一旦は落ち合おうと決めていた場所で、アンは他の宿屋で聞き込みをしてきたローラに尋ねた。しかし、ローラはかぶりを振る。
「ダメですわ。あの男らしい人物が泊まった形跡はどこにもありません」
「やっぱり。こっちも空振りよ。あんなに身勝手な振る舞いを平然とやってのけるヤツだもの、一泊でもしたら何かしら問題を起こして、絶対に誰かの印象に残っていると思うんだけど」
アンのガデス評に同意だったのか、ローラはうなずいた。まだ、当たっていない宿屋はたくさんあるが、噂の類まで何も聞かないとなると、ガデスは宿屋ではなく、別のところで寝泊まりしているのかもしれない。
「まあ、もう少し宿屋を回ってみよう。そして、夜になったら――」
「ええ。今度は酒場の方ですわね」
ガデスが立ち寄りそうなところとして、宿屋の他に酒場が考えられた。これはハダル村で浴びるように酒を飲んでいたことからアンが思いついたもので、いずこかに身を隠しているとしても、酒だけは毎日欠かすことができないでは、という見込みからだ。毎晩、どこかの酒場に出没しているか、仮に見つかることを恐れて外出を控えているにせよ、その隠れ家に酒を届けさせていることは充分に考えられる。どちらかといえば、宿屋よりも酒場の方が有力な情報を得られそうだった。
「それにしても――」
アンは不意に思い出したように、不機嫌な顔つきになった。
「あいつはこっちの手伝いもしないで、どこをほっつき歩いてんのよ!?」
もちろん、アンの言う『あいつ』とは、ケインのことである。せっかく手分けしてガデスを捜そうというのに、ケインの姿は朝からなかった。
そのことはローラも心配していた。おそらくケインは、地下下水道で見つけた隠し部屋にガデスが現れるのを待ち構えようと、昨日の夜のうちから単独で動いているに違いない。だが、朝になってもケインは帰らず、今も隠し部屋で張り込んでいるのかどうかは不明だ。
ガデス相手なら、ケイン一人でも大丈夫だろうとローラは信じている。剣の腕前は雲泥の差があるし、そこに何人か加わっても切り抜けられるだけの実力に疑いはない。
しかし、不安があるとしたら、アンが話していた、ガデスと連れ立って歩いていたという魔術師とおぼしき男の存在である。いくらケインの腕が立つといっても、魔法の力には太刀打ちできないだろう。魔法の恐ろしさは、ネフロン大陸で生まれ育った者ならば、重々、知っている。それゆえ、未だに多くの人々は魔術師に畏怖の念を抱いているものだ。
ひょっとしたら、ケインも、その魔術師によって――。そんなことを想像すると、ローラの胸は張り裂けそうだった。
「それじゃあ、ローラ。また、夕方に」
「え、ええ」
アンはそんなローラの不安をよそに、また聞き込みに行ってしまった。ローラも再開しようと足を向けかけるが、思い直して、それを止める。やはりケインが心配だった。ローラは心の中で仕事に専念しているアンに詫びながら、下水道の入口になっている川へ行ってみることにした。
はやる気持ちを抑えながら、ローラは川に辿り着いた。川面の覗き込みながら、下水道の入口へと向かう。その足は知らず知らずのうちに早まっていた。
下水道の入口が見えてくると、ローラはドキリとした。そこに座り込んでいる人影を見つけたからだ。近づいてみるとケインだと分かる。ローラは我を忘れたかのように、もう走っていた。
「ケイン様!」
ローラが呼ぶと、ケインはどこから呼ばれたのかと頭を巡らし、そして見つけた途端、手をあげて応えた。ローラは川岸の階段から下へ駆け降りる。ケインの姿がハッキリ見えるようになると、ローラは思わず口許を押さえた。
ケインは苦笑いのような表情を浮かべていたが、その有様はひどかった。全身ずぶ濡れ。しかも落ちたのが下水だったせいか、近寄ると鼻がもげそうなくらいひどい臭いがする。頭には小さな枯れ葉がまとわりついており、顔も手も泥がこびりついていた。
「ケイン様、ご無事でしたか!?」
ローラが触れようとするのをケインは手で制した。そんなことをしたらローラまで汚れてしまう。とりあえず、どこもケガはない、とケインは言った。
「いやぁ、参った、参った。やられたよ」
ケインは軽口を叩いていたが、それは悔しさを紛らわせるためだった。それに顔を青ざめさせたローラを、ともかくも安心させる意味もある。だが、ローラは悲しげな表情で、ケインの目の前に脱力したかのように座り込んだ。
「魔術師と戦ったのですね?」
どうやら心配が当たってしまったようだと、ローラはしょげかえった。ケインは真顔に戻る。隠しても仕方ない。
「ああ。ヤツ一人にこのザマさ。おまけに隠し部屋は魔法で吹き飛ばされて、跡形もなくなっちまった。すまないな。ローラの記憶を解く鍵かもしれなかったのに」
少し焦げた髪の毛を触りながら謝るケインに、ローラはかぶりを振った。
「いいえ、私の方こそ、ケイン様ひとりに危険なことをさせてしまって。私の記憶なんて、どうでもいいんです。ケイン様さえ無事でいてくだされば」
ローラは申し訳なさと、ケインが無事だった安堵感で、ほろりと涙をこぼした。ケインは慰めの言葉をかけようかと思ったが、ローラの涙にうろたえてしまって、気の利いた言葉が出てこない。代わりに咳払いをした。
「とにかく、ここにはもう、あの魔術師も、ガデスのヤツも現れないだろう。これで一から出直しだ。――そっちも、まだヤツの行方をつかんでいないんだろ?」
「ええ」
ローラは、これまで行った聞き込みのはかばかしくない状況をケインに話した。
「まあ、簡単に見つかるんなら、オレたちもこんなに苦労しないだろうしな。――よし、オレも宿屋と酒場の聞き込みに回ろう。アンにどやしつけられないうちにな」
ケインが冗談めかして言うと、少しだけローラに笑顔が戻ってきた。
ローラと別れて聞き込みを続けていたアンは、ラーズの街でも荒くれ者たちが集う場所として有名なドブ板横丁に停められた馬車を見て、目を疑った。およそ場違いな組み合わせである。と同時に、その馬車が誰のものであるか分かった。
「――本当にご存じありませんか?」
目の前に馬車を止められた宿屋から、聞き覚えのある声がした。案の定、クリスの執事であるジェラードが、店主らしい親父の前に回り込みながら出てくる。アンは頭痛がして、額をぺしゃりと叩いた。
「しつこいな、あんたも。勇者ラディウスなんかしらねえよ。奴さんのことなら、ここじゃなくて、エスクード王国のセントモアに行ったらどうだ?」
店主の親父はうんざり顔で言った。しかし、ジェラードは食い下がる。
「いやいや、わたくしどもは、この街にラディウス殿が現れたと聞いて参った次第でして――」
「ちょっと、ジェラートさん!」
たまらず、アンはジェラードを呼び止めた。
「おお、アン殿!」
ジェラードはアンの姿を認めて、丁寧に一礼してきた。その隙に店主の親父は宿屋へ引っ込む。話はこれで打ち切りだとばかりに。
「ジェラードさん、こんなことをされては困ります!」
相手が依頼主であろうとなかろうと、アンは容赦しなかった。ジェラードをきつく注意する。だが、ジェラードは心外な様子だった。
「これは異なことを。わたくしどもも勇者ラディウス殿をお捜ししている以上、あなたたちに任せきりではと思い――」
「仕事を依頼したのなら、私たちに任せてください! ――まったく、こんなところに馬車で乗りつけるなんて! 非常識にもほどがあります!」
それこそ貴族が宿泊する高級な宿泊施設ならともかく、ゴロツキが寝泊まりするようなドブ板横丁の宿屋に馬車を横付けするなんて、目立ってしょうがない。しかも、馬車の中にはクリスが待っているのだろう。今、アンたちが捜しているのは、お尋ね者のガデスだ。そのガデスが自分を捜していることを知ったら、どこかへ逃亡してしまう恐れもある。聞き込みは、なるべく当人に知られないことが鉄則だ。
それを台無しにしてくれたジェラードに、アンは嫌気が差した。やっぱり、庶民と貴族の感覚のズレはいかんともしがたい。
「とにかく、余計なことはなさらないように! 何か分かったら、ちゃんとお知らせしますから」
「左様ですか。そこまでおっしゃるのなら、わたくしどもは宿泊所でお待ちしております」
「はいはい、そうしてくださいな」
ジェラードは、渋々、引き下がった。
そんなやり取りを通りの角から盗み見ている影があった。
「ほう、こいつは。面白くなりそうだな」
アンに見送られて馬車が帰っていくと、その影もいずこかへ消えた。
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