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勇者ラディウスの花嫁

−9−

 ケインとアンの二人に挟撃される形になったガデスは、油断なく大剣<グレート・ソード>を構え、せわしなく交互に目を動かした。もし一方の敵がケイン以外の者であれば、ここまでガデスも追い詰められた気持ちにはならなかっただろう。さっきまで酔っていたはずのガデスは、急に素面に戻ってしまったかのようだった。
 ケインは長剣<ロング・ソード>を抜いてはいたが、すぐに斬りかかろうとはしなかった。むしろ、反対側にいるアンの方が、いつ仕掛けようかと隙を窺っている。ガデスは唇が渇き、舌なめずりをした。
「まさか、貴様とも顔を合わせることになろうとはな」
 アンよりもケインに注意を払いながら、ガデスは喋った。しかし、足はむしろアンの方へと動く。牽制されたアンは反射的に足踏みをする。一方、ケインは動かない。その代り、古い知己に話しかけるような軽い口ぶりでガデスに応じた。
「オレは別に望んでいなかったが、勇者ラディウスを捜しほしいという依頼があったもんでね。本物はどこにいるのか知らないが、ニセモノには心当たりがあった」
「あの貴族の小娘が貴様に依頼したのか……偶然とは恐ろしい。これが因縁というヤツか」
「因縁? やめてくれ。そんなモンは願い下げだ。できれば、ここですっぱりと縁を切りたい。もちろん、あんたを捕まえて」
「ふざけやがって。若造、前回で勝負がついたと思うのは早計だぞ。オレの力はあんなものではない」
 ガデスはうそぶいた。敗北を認めたくないのであろう。
「そうだな。あのときは、まんまとあんたに逃げられた。今回は逃げないで、最後まで戦ってもらえると助かる」
 ケインはガデスを侮辱するような言葉を平然とした顔で吐いた。大剣<グレート・ソード>を持つガデスの手に力がこもる。ところが――
「ガデス!」
 まず動いたのはアンだった。ガデスがケインを警戒するあまり、自分への備えがおろそかになっていると見越して仕掛けたのだ。本望ではないが、挟み込んでいるケインに好機を作ってやる意味合いもある。
 ガデスも挟み撃ちは避けたかった。せまい廊下で逃げ道はひとつだけ。
 ガデスはおもむろに大剣<グレート・ソード>を振るい、目の前の窓を破壊した。突然のことに、アンは仕掛けを中断する。その隙にガデスは、その巨躯に似合わぬ素早い動きで、外へと身を躍らせた。
 これにはアンも目を剥いた。ところが、もっと驚いたのはケインの動きだ。
 ケインは躊躇することなく、ガデスを追って飛び降りた。アンは先を越されて、相当に悔しがる。
 二階から飛び降りたガデスは、器用に身体を一回転させて、衝撃を和らげた。下の柔らかい芝生がクッションの役目を果たしたおかげもあるだろう。ケガもなかったようで、ガデスはすぐさま立ち上がった。
 一方、ケインは颯爽と着地を決めた。ガデスに逃げる隙を与えない。
 ガデスは肩をすくめた。
「オレは別に逃げようというわけではないぞ。同じ戦うなら、広い場所がいいだろうと思ったまでのことだ」
「それに関しては同感だ。ここなら余計な邪魔なしで戦えそうだ」
 なんだか「邪魔」というのが自分のことを言っているようで、アンはむくれた。
「ならば、行くぞ」
 そう言うや否や、途端にガデスの動きが千鳥足になった。アンと戦ったときと同じだ。そのふらつく姿は、今にも倒れそうである。
「こいつは……」
 ガデスの動きを見たケインは、一瞬、怪訝に思い、次に何かを思い出したようにハッとした。そして、妙にニヤニヤしだす。
「おいおい、酔剣か? 本当に真の実力を隠していやがったとはな」
 戦いの緊張感もなく、ケインは楽しそうに尋ねた。反して、ガデスは怖い顔をする。
「知っているのか?」
 ケインはうなずいた。
「以前、スパルキア公国で酔剣の使い手に会ったことがある。酔っていると見せかけて相手を油断させ、予想もしなかった体勢と方向から剣を繰り出す――だったな。もっとも、そいつが使っていたのは短剣<ショート・ソード>で、あんたのように、そんなにでっかい得物を振り回しての酔剣は初めてお目にかかったが」
「なるほど。ならば、話は早い。この前は出さず終いだったオレの酔剣、とくと味わうがいい」
 次の刹那、ガデスの身体がぐにゃりとなった。巨体のくせに、まるで軟体動物にでもなったかのようだ。それを見ていたアンは気色悪くなった。
 ガデスは右へ左へよろめきながら、ケインに立ち向かっていった。そんなことで戦えるのかと思う。だが、酔剣を知っているケインからは飄々とした雰囲気は消え去り、これからの攻撃に備えて集中力を高めていた。
 大剣<グレート・ソード>の間合いに入ったガデスは、いきなり左へ倒れ込もうとした。しかし、そこから上へ鋭い斬撃が走る。相手からすれば、突然、視界の外に消えたところから攻撃が来たような錯覚に陥るだろう。二階から観戦していたアンは、両者の戦いを客観的に見ることによって、ガデスが使う酔剣の恐ろしさを知った。
 そのトリッキーな攻撃をケインはこともなげに躱した。ガデスの動きに幻惑されていない証拠だ。続く二撃目、三撃目もわずかに身体を反らせただけで避けた。
「ほう、さすがにやるな。ならば!」
 ガデスは狙いを変えた。予測不可能な動きを織り交ぜながら、なおも酔剣を繰り出していく。それを防ごうとするケインの表情が硬くなった。
 アンはガデスの狙いを読み取った。ガデスは大剣<グレート・ソード>で一撃必殺を浴びせるのではなく、細かい手数を増やしてケインを削ろうというのだ。そのため、ケインは攻撃から身を躱し続けることが難しくなり、次第に剣で防ぐようになっている。
 両手持ちの大剣<グレート・ソード>を片手持ちの長剣<ロング・ソード>で受け止めるのは至難の技だった。大剣<グレート・ソード>の一撃一撃は重く、右手一本では受けきれない。それ以前に、二人の膂力の差は明らかだ。下手をすれば長剣<ロング・ソード>を弾き落とされるか、刀身を折られる恐れがある。
 それでもケインは、うまく剣を操り、ガデスの攻撃を受け流していた。真っ向から受け止めとはせず、刀身に沿ってガデスの大剣<グレート・ソード>を滑らせ、その衝撃を外へと逃がしていく。二人の対決を見ていたアンは、ケインの巧みな剣さばきに言葉もなかった。力と力ばかりが剣の勝負ではない。そう教えているかのようだ。
 しかし、ガデスは執拗に攻め続けた。ケインに自分の攻撃を受け流させまいと、今度は大剣<グレート・ソード>を振り切るのではなく、叩きこむようにする。それにより、ケインの防御はより厳しくなった。威力のある斬撃を防ぐたびに、剣を持つ手にダメージが蓄積していく。両者の剣から何度も激しく火花が散った。
 とうとうケインが堪えきれず、ガデスに吹き飛ばされるようによろめいた。そのまま後ろへひっくり返りそうになる。ガデスは勝利を確信した。
「勝った!」
 あとは倒れたケインにとどめを刺すだけでよかった。ガデスは狙いをケインの心臓に定める。
 だが、次の瞬間、ガデスは自分の目を疑った。後ろへ倒れようとしたケインの身体は、まるで見えない力に支えられるかのように急に起き上がり、愕然とするガデスへ長剣<ロング・ソード>が振るわれたのだ。
 ケインの剣は鮮やかにガデスの左脇腹を斬り裂いた。それも皮一枚の厚さで。ガデスは慌てて飛び退いた。
「き、貴様ぁ……!」
 ガデスは傷の痛みよりもケインの剣技に慄然としていた。心なしか顔色が悪い。
「もうちょっとだったか。惜しかったな」
 ケインは思ったよりもガデスの傷が浅く、自らの未熟さを反省した。ガデスは血が出そうになるくらい、唇を強くかみしめる。
「おのれ、酔剣だとぉ!?」
 ガデスは激昂した。倒れそうな体勢から、逆に反撃を繰り出す――その動きはガデスが使う酔剣そのものだった。
 ケインは照れ隠しに鼻をこすった。
「見よう見マネだったんだがな。やっぱり、一朝一夕にはできないか」
 それでもガデスを鼻白ませるだけの酔剣をとっさに使って見せたケインの天賦の才には驚嘆すべきものがあるといえよう。
 ガデスは、今初めて、このケインという若者に畏怖の念を抱いた。実力の差がありすぎる。それこそ、勇者ラディウスと戦っているような気にさえ陥った。
 いや、とガデスは、懸命にその考えを振り払おうとした。そんなはずはない。こんな若造に太刀打ちできないなどということは。ガデスの自尊心が敗北を許さなかった。
「があああああああっ!」
 ガデスは次第に力任せの攻撃へと変じていった。しかし、ケインは模倣の酔剣でそれをかわし、逆に攻勢に出る。ガデスの体勢は崩れ始めていた。すでに酔剣を出して対抗する余裕すらない。
 とうとう、ケインの剣がガデスの急所を捉えようとしていた。
「覚悟!」
 ケインの最後の一撃が絶体絶命のガデスをおびやかした。


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