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勇者ラディウスの墓標

−5−

「まっっっったく、頭に来る!」
 翌日になっても、アンの怒りは治まらなかった。落ち着かなくて、部屋の中をうろうろと歩き回っている。言うまでもなく、昨晩のことが原因だ。
「しかし、礼拝堂の中が調べられないとなると、困りましたわね」
 アンから話を聞いたローラは思案顔で座っていた。今のところ、メリーの失踪に関しての手掛かりは何もない。誰かに連れ去られたとすれば、悠長に構えている場合ではなかった。
「まったく、あのババア、どこまで私のことを目の敵にしてるんだろ! ねちねちといびるような真似して! ホント、腹立つ!」
 アンの怒りの矛先は、当然、彼女の侵入を看破したシスター・マチルダに向けられていた。あの高慢ちきな鷲鼻を思い出すだけで、へし折りたくなってくる。実際、面と向かって、そんなことなど出来はしないのだが。
「私が忍び込んだのを見抜いて、物凄く得意な顔をしていたのよ! 今までにも無断外出がバレて、こっぴどく叱られたことはあったけど、今回くらい悔しい思いをしたことはないわ! しかも、よ! 私が出入りに使っていた楡の木にこっそり罠を仕掛けておくなんて、なんて陰険なのかしら!」
 心情を吐露してストレスを発散するつもりが、口にするたびに怒りのマグマが噴き上がりそうになるアンであった。この怒りのはけ口が欲しいが、さすがにローラに八つ当たりするわけにはいかない。
 一方、アンからの話を聞いていたローラは、まだ面識もないシスター・マチルダが、そんなにののしられるほど陰険な性格だとは思えなかった。楡の木に鳴子を仕掛けておいたのは、防犯のためだろう。別に、いつ戻って来るかも分からないアンを待ち構えていたはずがないからだ。むしろ、誰にも真似できないような侵入方法を取るアンのことを、ある意味合いでは認めていたのかもしれない。修道院を破門にしたのも、それ以上、修道女<シスター>の修業を積ませても、アンが落ちこぼれて行くだけだ、という温情があったからではなかろうか。
 もちろん、そんなことを話しても、アンは逆上こそすれ、耳を貸すようなことはしないだろう。それにローラとしても、本当のシスター・マチルダがどういう人物か、自分の目で確かめたわけではない。間違った解釈をしていることだって充分に有り得た。
「とにかく――」
 アンは少しでも冷静になろうと努めていた。深呼吸して、怒りを鎮めようとする。
「残念ながら修道院に忍び込むのは難しくなったわ。シスター・マチルダも警戒を強めるだろうし」
「もう諦めると思うんじゃないですか? こっちは一度、見つかってしまったわけですし」
 ローラの意見に、アンはチッチッチッと人差し指を振って見せた。
「甘いわね。向こうもこっちの性格を知り尽くしているから。私は諦めない。何度だって忍び込んでやる。となれば、シスター・マチルダもそれを分かっていて、待ち構えるに決まっているわ」
 段々と聞いているうちに、ローラはため息をつきたくなった。
「じゃあ、どうするんです?」
「何とかして突破するわよ。でなきゃ、メリーの身に何が起きたのか、調べることはできないもの。そこは外せないでしょ」
 言っていることは分かるのだが、具体的な方法がアンから出ず、ローラは頭を痛めた。
「面白そうな話だな」
 突然、部屋の外から声がするや否や、ケインがドアを開けてふらりと現れた。アンとローラは驚く。つい話に夢中になってしまい、この青年剣士がまだいたことを忘れてしまっていたのだ。
 ちなみにアンの母、ドナは、今朝も早くから営業回りをしていて留守だった。昨日、ケインにも仕事を探して来い、とアンが脅しつけたのだが、その効果もわずか一日限りのことだったらしい。また今日も昼近くまで、たっぷりと睡眠を取り、こうして立ち聞きをしていたというわけだ。
 ケインの登場に、アンの顔色が変わった。
「何、盗み聞き!? 趣味が悪いわねえ!」
 いささか動揺を隠せないアンであった。このことはケインとドナには秘密にするつもりだったのだ。
 ケインもその点は鈍くない。アンの顔色を見て、事情を悟った。
「盗み聞きなんてしなくても、あんな大きな声で喚いていれば、自然と耳に入らぁ。それより、何か面倒事らしいな。オレにも詳しく話してみろよ」
「だ、誰がアンタなんかに!」
 いつもの反応から、アンは拒絶した。しかし、ケインはにやりとする。
「いいのか? この話はドナさんも知らないんだろ? それともオレからドナさんに話してやろうか?」
 これにはアンも唇を噛むしかない。
「男のクセに、なんて卑怯な……」
「非公式な仕事なんだろ? 報酬なしの? だからドナさんには話せない。違うか?」
 グウの音も出なかった。ケインの言う通りだ。いくらアンの親友からの頼みだと説明しても、一銭にもならない以上、ドナは動くなと、きっと言うだろう。だからこそ黙っていたのだ。
 こうなると主導権はケインに握られたも同然だ。アンは渋々、これまでのいきさつを語った。
「なるほど。確かに、いなくなった修道女<シスター>見習いのことは心配だな。最悪の場合、手遅れってこともある」
「ちょっと、不吉なことを言わないでよ!」
 失踪したメリーとは入れ違いだったが、可愛い妹分の身に何かがあることなど、アンは考えたくもなかった。とにかく無事に助ける。それしかない。
「でもよ、場所が場所だ。普通に出入りが禁じられている修道院の敷地内でのことだろ? オレが引っかかるのはそこなんだよ」
「そりゃ、調査が困難なのは百も承知だけど……」
「そうじゃなくて、仮にこれが誘拐の類だとしたら、それは外部の犯行よりも内部の犯行である可能性が高いってことだろ?」
「あっ!」
 今まで、メリーがどこへ行ったかということばかり考えていたが、犯人像については何も考えていなかった。しかし、ケインに言われて、ようやくアンは戦慄する。外部からの侵入が難しい修道院に賊が足を踏み入れれば、何らかの証拠が残り、犯行は明確なはずだ。にもかかわらず、メリーが連れ去られたと信じているケイトも、そのような痕跡があったとは一言も言っていなかった。と、すれば――
「修道院の誰かが犯人だということ?」
「あるいは、中から誰かが手引きしたか、だな」
 もし、それが本当だとすれば、アンも知っている人物が関わっているかもしれない。仮にも聖職者<クレリック>として尊ばれるはずの修道女<シスター>の誰かが。
「もしかすると、捜索願を出さないのも、犯人がそのように仕向けているせいかもしれませんね」
 思いついたことをローラも口にしてみた。アンの中で黒い疑念が膨れ上がっていく。
「とにかく、もう一度、礼拝堂を調べてみる必要があるな」
 ケインが言った。だが、ローラは不安そうだ。
「でも、どうやって……?」
「そいつはオレに考えがある」
 アンとローラの顔を見やって、ケインは作戦を説明し始めた。



 昨夜、頼みのアンが調査中に見つかってしまい、シスター・ケイトの落胆は大きかった。アンは諦めずに調査を続行してくれるだろうか。それ以上に、メリーの身の安全が気になって仕方がなかった。
 午後の礼拝で、メリーが助かるよう、創造母神アイリスに祈りを捧げたケイトは、自室に戻る途中、廊下の反対側から歩いて来るシスター・マチルダに気がついた。ケイトにとっては信頼できる師であるが、どうしてもアンとは水と油の関係になってしまうのか、反りが合わない。昨夜もシスター・マチルダがアンの侵入に気がつかなければ、何かメリー失踪の手掛かりとなるものが見つかったかもしれないのに。それを思うと、今日ほどシスター・マチルダの存在が疎ましく感じられたことはなかった。
 そのようなことなど面に出さず、ケイトはシスター・マチルダとすれ違おうとした。取り澄ました顔で会釈しようとする。ところが目の前まで来たところで、ケイトはシスター・マチルダに呼び止められた。
「あなたですね、彼女にあのような調査を依頼したのは?」
 シスター・マチルダの叱責を恐れるようなケイトではなかった。しかし、ここはあえて沈黙を貫いておく。どうせ答えなくても、シスター・マチルダにはお見通しなのだから。
「言っておきますが、彼女はもう部外者です。当修道院の問題にアンを巻き込むことは許されません」
「では、シスター・マチルダ。いなくなったシスター・メリーを捜していただけるのですか?」
「その件については、すでに説明したはずです。シスター・メリーは里心がついて無断で帰郷した――そう言っているではありませんか」
「お言葉ですが、私は納得できません。どうしてシスター・マチルダは、シスター・メリーの安否を確認もしないで、そのようなことが言えるのですか? 私はシスター・メリーが何者かによって身の危険にさらされていると思います。私はただ、あの娘を助けたいだけです」
 ケイトがこうして訴えることなど、修道院に入ってから初めてのことだった。いつもみんなの模範として、修道院生活を送って来た優等生。シスター・マチルダやマザー・ジャクリーンからの信頼の厚い若き修道女<シスター>。それが彼女のはずだった。
 だが、ケイトがそのような態度に出ても、シスター・マチルダは微動だにしなかった。まるで鉄の心を持つかのように。
「これ以上の詮索は修業の妨げとなります。そのような妄想を持つのはおやめなさい。いいですね、シスター・ケイト。これはあなたのためでもあるのです」
 はい、とは答えられなかった。ケイトは、もう一度、会釈をすると、その場から立ち去ろうとする。何か言われるかと思ったが、シスター・マチルダは黙ってケイトを見送った。


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