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勇者ラディウスの墓標

−8−

 手にしたロウソクの頼りない炎では、穴の底まで照らすことは出来なかった。
 思ったほど縦穴はそれほど深くはなく、おそらくは建物のニ階分か、一階半くらいのものであっただろう。ケインよりも先に下へ降り立ったアンは、この穴が何のためのものなのか見極めるべく、周囲の様子を窺った。
 アンを取り囲む壁は人工的なものだった。積み石で固められている。さらには北の方角へ同じように造られた通路が延びていた。やはり、修道院から外へ脱出するための抜け穴として造られたものらしい。おそらくは、修道院の建築に伴って出来たもので、最初からそういう意図があったのだろう。ロウソクの光が届く範囲で通路の先を照らすと、闇が深くはびこっていて、どこまで続いているのか見当もつかなかった。
 しかし、抜け穴は一方にしか延びていない以上、ケイトを連れ去った何者かは、この先にいるとしか思えなかった。多分、ケイトを連れていることから、そんなに遠くまで逃げおおせてはいないだろう。すぐに追いかければ追いつけるはず。間もなく降りてきたケインが同じように周囲の状況を瞬時に確認すると、うなずいて合図し、アンに進むよう促した。
 言われるまでもなく、アンは賊のあとを追った。本当に犯人はシスター・マチルダなのだろうか。ふと、さっきの推理が脳裏に甦る。しかし、あらゆるものが犯人はシスター・マチルダだと指し示しているように思えてならなかった。
 まず犯行現場が外部よりの立ち入りが禁じられた修道院内であること。修道女<シスター>である彼女には容易いことだ。
 そして、シスター・メリーの失踪をただ里心がついただけのものとし、ロクな調査を行わなかったのもシスター・マチルダの指示である。マザー・ジャクリーンの信任厚い彼女がそのように決定すれば、あえて異を唱える者はいない。それを見越してのものだったのではなかろうか。
 しかもケイトが連れ去られる直前、彼女を礼拝堂に呼び出したのはシスター・マチルダであったことがはっきりとしている。ケイトから直接に聞いたことだ。これ以上の証拠はないではないか。
「……誘拐犯はシスター・マチルダだわ」
 アンは自分の推理を披露した。
「は? あのクソババアが?」
 シスター・マチルダのことを口汚く罵るものの、ケインの反応は芳しいものではなかった。腕組みをして首をひねっている。
「確かに陰険そうな感じはしたが、そんなことが可能かね?」
「どういう意味よ?」
 アンの方こそ、ケインが疑問を抱く理由が分からない。
 そのことをケインはつまびらかにした。
「だってよ、前回のときはともかく、今回、あのバアさんは忍び込んだオレのことを追いかけ回していたんだぜ。それもかなりの間。どうにか巻くことに成功したオレが礼拝堂に駆けつけたときには、もう女友達は連れ去られていたんだろ? どこにそんな時間があるのかってことさ」
「それは――」
 アンは様々な可能性を用いて反論しようとしたが、シスター・マチルダの注意をあえて惹き、礼拝堂から遠ざけるようにしていたケインが言うのだから、このアリバイを何らかのトリックで作り出したとも思えなかった。ケインに対する好意や信頼などは欠片も持ち合わせてはいなかったが、彼の能力や実力については素直に評価しているつもりだ。もし、シスター・マチルダが何らかの小細工をすればケインが気づくはず。とすれば、犯人は別の人物ということになり、喜ばしくないことに、振り出しに戻ってしまう。
「じゃあ、誰だって言うのよ?」
「だから、それを確かめるんだろ、これから」
 その通り。思い悩む必要もないくらい簡単なことだ。ケイトを連れ去った人物を捕まえればいい。そうすれば、すべてが明らかになる。
 途中、通路は左右に折れ曲がったが、一本道に変わりはなかったので、追跡は容易だった。段々、前方に光が見え始める。出口ではない。アンたちの前を行く者の明かりだ。おそらくは魔法のものだろう。ロウソクの炎よりも、断然、明るい。
 犯人の背中を捉え、アンはロウソクの火を消した。せっかくここまで追い詰めて、相手に気取られるわけにはいかない。向こうが何かの拍子に振り返ったとき、ロウソクの火で追跡しているのがバレたら、相手はどのような魔法を使うかも分からぬ輩、逃げられる恐れがある。ロウソクの火を消したおかげで、辺りは真っ暗になったが、あとは魔法の明かりを目印にするだけだ。幸い、足下は平らで、移動に不自由はない。
 特に言葉を交わしたわけでもないのに、アンとケインは素早く行動した。なるべく足音を忍ばせながら、一気に間合いを詰める。
 と、そのとき、小さなキィキィという鳴き声がした。それに逃亡者が反応したように見える。どうやら気づかれてしまったようだ。
 続いて、コウモリのような、あるいはネズミのような鳴き声を発したものは、威嚇するように鋭く鳴いた。暗闇の中にも関わらず、アンはその正体を見極めようとする。その右肩をいきなり後ろからつかまれた。
「下がれ!」
 アンと立ち位置を入れ替えるように、ケインが前へと進み出た。そのときにはすでに長剣<ロング・ソード>を抜刀している。一瞬、振りかざした白刃が魔法の光を反射した。
 ケインはアンを守るようにして剣を振るった。縦横無尽に四太刀。同時に気味の悪い奇声が通路に響き渡った。
 生憎、明かりがないため、ケインが何を斬り伏せたのか、アンには分からなかった。しかし、何か小さな生き物を斬ったらしいことだけは分かる。誘拐犯の明かりを逆光にした一瞬のシルエットだけで見た感じでは、それは小型のサルのような、矮小な四肢を持ったものが飛びかかって来た、くらいにしか明らかなことは言えなかった。
 それらが宙から落ちるようにして、周囲に倒れ込んだ。鼻をつままれても分からないような暗闇の中であるにも関わらず、ケインはそれらすべてに致命傷を与えたのである。それはまさしく、恐るべき技量と言えた。
「もう逃げてもムダだぜ! さあて、連れ去った修道女<シスター>をこちらに返してもらおうか!」
 ケインは光に向かって警告を発した。しかし、このくらいで降伏してくれるような相手ではない。なにしろ相手は――
「ラッカー!」
 問答無用で放たれた強烈な《気弾》がケインに命中した。まるでトロールのパンチをまともに食らったような衝撃。ケインの身体は吹き飛ばされ、おまけに、その後ろにいたアンをも押し倒した。
「バカッ! 相手は魔法の使い手なのよ! こっちの位置を教えるように大声出してどうすんのよ!?」
 ケインの下敷きになったアンが毒づいた。身体を起こしつつ、ケインはバラバラにされたかと思った全身の激痛に顔を歪める。
「そ、そういうことは早く言え!」
「アンタ、私の目が見えなくなったこと、忘れてたんでしょ!?」
 それが魔法の仕業だと分かっていれば、ケインも犯人に対して、もう少しは用心したはずである。それをまともに《気弾》を受けたということは、そんなことを失念していたと指摘されても仕方のないことだ。
「分かった! 分かったから静かにしろ! また狙われる!」
 言っているそばから、近くの壁に《気弾》が着弾し、石の破片がケインたちの身体に飛んできた。ここは一本道の通路。左右には避けられない。
 不承不承ながら、アンは黙った。向こうからはこちらの位置まで確認できないはずだ。何とか魔法の餌食になる前に、術者を取り押さえたい。そのためには暗闇の中で息をひそめるしかなかった。
 ところが相手は一枚上手だった。魔法の光――すなわち光の精霊<ウィル・オー・ウィスプ>がアンたちをいぶり出すために飛来する。姿がさらされれば魔法の集中砲火を浴びることになるだろう。
「お前はここでジッとしてろよ」
 ケインはアンに囁いた。無論、それを素直に受け入れられるアンではない。
「何よ――」
「いいから大人しく言うことを聞け!」
 アンの頭を押しつけるようにすると、ケインは立ちあがった。自分が犠牲になるつもりか、とアンは蒼白になる。
「ええい、ままよ!」
 無謀にもケインは剣を振りかざし、真っ向から立ち向かっていった。飛来した光の精霊<ウィル・オー・ウィスプ>とすれ違う。当然、ケインの位置が相手に知れた。次の刹那、またしても《気弾》がケインに向けて発射される。
「くっ!」
 そのギリギリのタイミングを見極めて、ケインは左の壁に張りついた。間一髪、すぐそばを《気弾》が通過していくのを空気の流れから感じ取る。幸運に頼る要素が強かったが、どうにかやり過ごすことに成功したようだ。
 だが、このままこうしてもいられない。ケインは再び走った。いつでも《気弾》を喰らってもいいように歯を食いしばりながら。刺し違えても術者を斬る。その覚悟だった。
 剣先が届くところまで、あと少し。術者の顔は浮かんだ光の精霊<ウィル・オー・ウィスプ>の逆光になって見えない。しかし、何となく修道衣を着ていることは分かった。やはり相手は修道女<シスター>の誰かなのか。
 ところが、そこで思いがけない事態になった。術者が自らの明かりを消したのだ。ケインはいきなり目を塞がれたように、瞬時にして距離感を失う。ただ残像だけが頼りだった。
 勘のみで、ケインは長剣<ロング・ソード>を一閃させた。だが、手応えなし。空振りと分かったとき、ケインの首筋を冷たいものが伝った。
「ラッカー!」
 聖職者<クレリック>が使う聖魔術<ホーリー・マジック>の呪文。衝撃は下から突き上げてきた。思いもよらぬ方向からの攻撃に、身構えていたケインも不意を突かれる。息が詰まり、意識が飛びそうになった。


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