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《気弾》の一撃を受けたケインは、その場で両膝をついた。魔法は自らの魔力を高めることによって抵抗<レジスト>できると言われているが、剣技一筋のケインに、そのコツは未だ呑み込めていない。あの魔術師ジャロームとのイヤな戦いを想起した。
(クソ〜、どうにも魔法とは相性が悪いみたいだな)
ケインは内心で悪態をついた。
その目の前で魔法の使い手が立ちあがる気配がした。相手はケインの一刀を屈めるようにして避けたあと、そこから《気弾》を放ったのである。魔法を使うということで、つい貧弱な体格の魔術師をイメージしてしまい。体術にはこちらに分があるだろうと舐めてかかったツケであった。
ケインには、相手がこちらにトドメを刺そうとしているのが分かった。反撃しようにも、この両膝をついている状態では、こちらの剣は届きそうもない。精々、抵抗<レジスト>とやらで攻撃魔法を防ぐほかなさそうだ。
「ラッカー!」
次の瞬間、《気弾》が飛んできた。ただし、ケインの思いもよらない方向から――
それはケインの後ろから発射されたものだった。頭のすぐ上を掠めて行くのが分かる。目の前の人物は意外な反撃に驚いた様子だった。
ケインの前方で力と力が激突し、反発するのが感じられた。多分、目の前の人物が《気弾》に対して抵抗<レジスト>したのだろう。衝撃波のようなものがケインにまで伝わった。
「ケイン、生きてる!?」
それはアンの声だった。まさか、今の《気弾》はアンが放ったものだろうか。ケインは、かつてアンが修道院にいたことを話で聞いていたが、聖魔術<ホーリー・マジック>まで使えるとは知らされていなかった。
「だ、大丈夫だ」
ケインも若いながら一流の剣士を自負している。戦いの最中、いつまでもひざまずいているようなことはしない。敵がひるんだ隙に立ちあがっていた。
ところが相手は、予想外の魔法に驚いたのか、その場から逃げて行った。また、あのキィキィという耳障りな鳴き声がする。それは驚くべきスピードで遠ざかって行った。
すぐにでも追い討ちをかけようかと思ったケインだが、相手が魔法の使い手である以上、不用意な追撃は危ないと思い直した。それに、後ろにいるアンのことも気にかかる。
「アン、助かったぜ」
一旦、剣を収めながら、ケインは礼を言った。暗がりの中、アンがこちらへ近づいてくる気配が感じ取れる。が、次の瞬間、ケインはハッとして身構えた。すでに遅かったが――
「エメナ」
呪文が唱えられるや、新たな光の精霊<ウィル・オー・ウィスプ>が呼び出され、通路が明るく照らされた。そのとき、ケインはアンの後ろにいる、もう一人の人物を確かめることができた。意外だとも、そうでないとも言える人物――
「ど、どうも」
ケインは鷲鼻をツンと突きあげたシスター・マチルダにへつらうような挨拶をした。
「囮を使うとは考えたものです」
ケインとアン、そしてシスター・マチルダの三人は、光の精霊<ウィル・オー・ウィスプ>に先導されるようにして、通路を先に進んでいた。ケインとアンは、シスター・マチルダの前を歩いているのだが、感心したような言葉とは裏腹に、後ろから冷たい視線がイヤというほど突き刺さっているのが感じられる。無意識に首をすぼめるような姿勢になっていた。
「ですが、まだまだ私の目は誤魔化せません。あなたが調査を諦めていなかったことも、ちゃんとお見通しです」
ウソつけ、陽動に引っかかってから気づいたんだろうが、とケインもアンも言ってやりたかったが、ここで反論して、シスター・マチルダの逆鱗に触れては敵わない。二人とも口をしっかりと閉じておくことにした。
それにしても二人の後ろから現れたのがシスター・マチルダであったのは予想外だった。特にアンは、シスター・マチルダ犯人説に傾いていただけに、どうしてこんなことになったのか混乱してしまったほどだ。
しかし、ケインの侵入がアンに調査の時間を作るための囮だと気づいたシスター・マチルダは、礼拝堂の中でそのままにされた抜け穴を見つけ――ケインたちは蓋を閉めて来なかった――、こうして二人に追いついた、というわけなのである。そこで襲われている場面に出くわし、危ういところを救ったのだった。
もちろん、あのときの《気弾》はシスター・マチルダが撃ったものであり、アンが聖魔術<ホーリー・マジック>に目覚めたわけではない。シスター・マチルダが助けてくれなかったら、今頃、二人ともどうなっていたか。
「ミス・アン。あなたはもう、この修道院とは関わりのない人間です。こんな危険なことに首を突っ込むなんて。ムチャにも程があります」
シスター・マチルダは、かつての教え子を厳しくたしなめた。しかし、修道院と関係ないなどということは、いくら言われても承服できないとアンは思っている。
「直接の面識はなくとも、シスター・メリーは私の後輩です。その彼女がいなくなったのに、ロクな捜査もしないというのは納得がいきません」
「それは他の修道女<シスター>たちを動揺させないための建前です。この事件はとても危険をはらんでいるように思えましたから。他の修道女<シスター>たちを守るのも、私の義務です。それに容疑者は内部の人間かもしれない。そう考えると、相手を油断させて、出方を見るというのも、ひとつの手でした」
「でも、結局、新しい犠牲者が出た……」
アンはケイトの身を案じると、居ても立ってもいられなかった。ようやく犯人を追いつめたというのに、あと一歩のところで逃げられたことが悔しい。今からでも走って追いかけたい気持ちに駆られていた。
「あなたたちが、このようなつまらぬ騒ぎを起こすからです。――とはいえ、シスター・ケイトが狙われていたとは、私も迂闊でした。シスター・メリーがいなくなったときは、彼女を連れ去った目的が今ひとつ分かりませんでしたから。でも、シスター・ケイトが標的になったのなら、話は違ってきます」
「どういうことですか、シスター・マチルダ?」
「あなたはシスター・ケイトがどういう経緯で修道院に入ったか聞いていますか?」
「え? そう言えば、あまりそういう昔のことは話したがらなかったけど、確かご両親を亡くされたとかで」
「そう。シスター・ケイトのご両親、ニール・フォレスターとホリー・フォレスターは、彼女がまだ六歳のとき、火事で焼死してしまったのです」
アンはケイトの両親の名を聞き咎めた。
「ちょっと待ってください。フォレスター家って、まさか、あの?」
「あのって、何だよ?」
流れ者のケインには、カリーン王国の名家のことなどさっぱりだった。
「フォレスター家といえば、チチェスター王家の遠戚にあたる名家ですよね?」
「何? ということは――」
「シスター・ケイトには第十四位の継承権があったわ」
シスター・マチルダから語られたケイトの出生に、アンは驚きを隠せなかった。ずっと親友だと思っていた彼女に、そんな秘密があろうとは。
「でも、それがなぜ修道院なんかに? 王家の血筋なら、誰か後見人をつけて育てれば」
ケインが疑問を呈した。未亡人とかならば、俗世から身を引くために修道院入りすることも珍しくはないが、まだ九歳の少女をそのようにする例はあまり聞かない。何と言っても、王家の血筋は貴重なのだから。
「これは国王陛下が決断されたことです」
シスター・マチルダは相変わらず無感情に言った。
「ファリス国王が?」
「ええ。実はフォレスター夫妻が亡くなる原因となった火事は、何者かの仕業だと見られていたのです」
「つまり、王位継承権を巡る陰謀……?」
「そうです。知っての通り、ファリス陛下には、まだ世継ぎとなる王子がいません。いるのは五人の姫ばかり。このままでは第一王女のシルヴィア様が女王となられるでしょうが、やはり好ましいのは、それなりの貴族を婿として迎い入れることでしょう」
「それは分かります。ですが、そんなことはケイトやそのご両親には関係ないじゃないですか」
「もちろんです。ですが、それでもライバルとなりそうな相手には消えてもらいたいと思うのが、権力に魅入られた者の考えることなのでしょう。また、確たる証拠も見つけられず、犯人は未だ捕まっていないとのことです。とにかく、このままだとシスター・ケイトの身も危ないのでは、と国王陛下はお考えになりました」
「それで修道院に……。ここならば安全だということか」
「王位継承権も返上してますしね。もう命を狙われることはないでしょう。ですが、最近、デクスター家の若君がシスター・ケイトを俗世に戻し、妻として娶りたいという申し出がありました。継承権は返上しているとはいえ、王家の血筋であるシスター・ケイトを妻とすることで、地位と名声をあげようという魂胆でしょう」
シスター・マチルダ本人は否定するだろうが、明らかに今の言葉には棘が含まれていた。すべてを神に委ねた身としては、このような権力闘争、政略結婚などバカバカしいことだと思っているのだろう。アンもそれには同感だった。
「そういうことなら、彼女を狙おうとするヤツはいるかもしれないな。例えば、そのデクスター家に身代金を要求するとか。彼女との結婚を是が非でもと思っていれば、払うんじゃないか?」
ケインは他にも様々なケースを思案した。
「そんな……。でも、誘拐をしようだなんて、仮にも修道院の人間がするでしょうか? 私には信じられません。シスター・マチルダには、それが誰なのか、すでに分かっているのですか?」
他の修道女<シスター>たちには隠れて、密かに調査しようとしていたシスター・マチルダに、アンは尋ねた。だが、シスター・マチルダは目をつむって、首を横に振るだけ。しかしながら、
「あなたたちも見たでしょう。あの死体を」
それはケインが暗闇の中で斬り捨てた謎の生物を指していた。シスター・マチルダの光の精霊<ウィル・オー・ウィスプ>によって照らされた通路で、ケインたちが見たもの。それは異形の醜い小鬼だった。
「あれはインプ。闇司祭<ダーク・プリースト>が使い魔として使役する小悪魔です。おそらくシスター・ケイトを運んでいるのも複数のインプでしょう。単独で人間ひとりを運ぶのは重労働ですから」
「インプ……闇司祭<ダーク・プリースト>……」
「つまり、シスター・ケイトを連れ去ったのは、我らの神に敵対する、魔道に堕ちた者だということだけは確かです」
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