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暑中見舞い

−4−

 東京へ向かう新幹線の車中、久紀は夢を見た。
 高校の頃の夢だった。なんとなく記憶にある。学園祭の前日。何年の時だろう。
 日が西に傾きかけた放課後、模擬店の出店準備に大わらわの久紀は、クラスメートの真由美に図書室へ連れ出された。
「何だよ、真由美。もう時間ねーんだぞ」
 久紀は不満を言った。模擬店の企画者である久紀には責任があった。
 だが、真由美は意に介さない。
「ちょっとくらい構わないわよ。いいから、顔貸して!」
 学園祭の準備で、図書室を利用している者は皆無であった。無人の図書室に真由美と二人だけ。
「何なんだよ?」
 苛立ちが久紀の語句を強めていた。
 真由美は誰かを捜しているようだった。
「恭子、連れてきたよ」
 すると本棚の陰から佐々木恭子が現れた。ややうつむき加減で、時折、目線を上げて久紀を見る。なにやら緊張しているようだった。
「勝原、恭子が話があるんだって。じゃあ、私は戻るから」
 真由美はそそくさと図書室を出ていった。
 取り残された二人。気まずい沈黙が流れた。
「なに、話って?」
 久紀はおずおずと尋ねてみた。普段、クラスでも大人しい恭子を前にすると、なんだか久紀の方も緊張してくる。それにこのシチュエーションは……。
 だが、恭子はなかなか切り出せない様子だった。ただ、もじもじして、チラッと久紀を窺う。
「ねえ……」
「………」
 久紀は参った。用事がある相手が黙ったままではラチがあかない。
 お互い向かい合ったまま、どれほどの時間が経ったか。
 ついに久紀がしびれを切らした。
「悪いけど、明日の準備残っているからさ」
 そう言って行きかけた。
「か、勝原くん!」
 意を決したような恭子の声。見れば顔は紅潮して、身体は震えているようだった。
 戻ろうとした久紀の足が止まった。
 なんだか恭子の鼓動が、こっちまで伝わってくるようだった。
 次に恭子の唇が動きかけた瞬間、廊下から走ってくる靴音が響いた。
「勝原ーぁ! やっぱり高橋たちがアンタを探してるーぅ!」
 見るまでもなく、声の主は真由美だった。
 真由美は二人の様子を見るや、ちょっと勢いを失った。
「ごめん、まだだった?」
 真由美が恭子に目線を投げた。恭子は首を横に振った。
「ううん、もういいの。ありがとう、真由美」
 恭子は笑みを見せながら礼を言った。
 久紀はそんな恭子の表情を見て、胸が締め付けられる思いがした。もしかして恭子は……。
 夢はそこで醒めた。
 忘れていた出来事だった。なんで忘れていたんだろう。
 久紀は窓の外を眺めた。
 新幹線は東京に差し掛かろうとしていた。


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