眩しい。
朝だろうか?
瞼の上からチラチラと光が揺れている。
またカーテンの合わせ目から、向かいのビルの反射が差し込んでいるのだろう。私は寝返りを打ちながら、薄く目を開けた。
だが、私の予測に反して、部屋はまだ暗かった。
夜?
思わずカーテンが閉められた窓の方も見たが、やはり暗い。時計を見ると午前三時だった。
逢魔が時。
何気なく思い出した。
だが、夜だとすると、何が眩しかったのだろうか。
──と。
静かな室内から、微かな音が聞こえた。
ギシッ ギシッ ギシッ
何かの軋む音。
近づいてくるわけではない。
だが、一定のリズムで音がする。
ギシッ ギシッ ギシッ
その音の他にも聞こえるものがあった。それには聞き覚えがある。水が流れる音。
チョロ チョロ チョロ
水道の栓でも閉め忘れたのか。同時にあふれているような音も聞こえた。
当然、私は蛇口を閉めねばと思った。ベッドから起きあがる。
しかし、もう一つの軋む音は……!
そのとき、私は息を呑んだ。
ギシッ ギシッ ギシッ
その音の正体を!
ギシッ ギシッ ギシッ
玄関に架けられた大きな姿見が、まるで振り子のように揺れていた。
どうやら、その鏡がキッチンの窓から取り入れられた外灯の明かりを反射させていたらしい。
だが、風もなければ、地震もない。それなのに揺れている。まるで鏡自体が生きているかのようだった。
私はゾッとした。
ギシッ ギシッ ギ……
大きな姿見は私が気がついたことに満足したのか、やがて揺れ幅が小さくなり、ついには動かなくなった。
「………」
私は信じられないような現象に足がすくみ、呆然としていた。
だが、もう一つの水音は、一向にやむ気配はなかった。こちらは本当に私の閉め忘れだったのだろうか。
そう考えた途端、呪縛が解けた。足が動く。
私はまず、キッチンに行ってみた。とはいえ、ワンルームなので数歩で辿り着く。だが、蛇口から水は流れていない。とすれば、後はバスルーム。
私は姿見がまた動き出すのではないかとビクビクしながら、その脇を通り抜け、バスルームのドアを開けた。
「!」
バスルームの中は湯気で煙っていた。電気をつけても先が見通せない。どうやらお湯が出しっ放しになっていたようだ。浴槽をあふれたお湯は、タイルの床を全体的に濡らしている。
私は滑って転ばないよう気をつけながら、湯気をかき分け、バスルームの蛇口を閉めた。そして、湯気を手っ取り早く除くために、換気扇を回す。低い電動音がして、換気扇は見る見る湯気を霧散させた。
湯気が消えると、バスルームの壁が見えてきた。どこもかしこも水滴がこびりついている。
そこで私は目を見開いた!
バスルームの壁に備え付けられた鏡だ。当然、その鏡にも水滴がつき、曇っていた。
だが、こんなことがあるのか。まるで子供がいたずらをするときのように、鏡には指で書いたと思われる文字が記されていた。
シ・ニ・タ・イ
「イヤーッ!」
私は悲鳴を上げながら、自分の手で鏡の文字を消し去った。