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鏡の中の女

−6−

「小園さん!」
 昨夜の幹哉の件もあり、自分の席に座って落ち込んでいた私に、渡辺さんが声をかけてきた。まったく仕事が手につかない私を注意しに来たのか、表情は強張った感じだ。私は立ち上がった。
「はい、何でしょう?」
 何を怒られてもしょうがないと半ば諦めながら、私はかしこまった。だが、予想に反して、渡辺さんは私の肩を抱くようにしてくる。そして、耳元に唇を寄せてきた。
「あなたのこの間の話、どうやら信じなきゃならないようだわ」
「え?」
 渡辺さんは私を座らせると、自分も空いていた隣に座る。そして、一枚の写真を私のデスクの上においた。
「これは……」
 その写真には私と渡辺さんが写っていた。場所はランチに利用するオープン・カフェの前だ。どうやら一昨日、円谷が撮ってくれたものが現像できたらしい。
「いい、落ち着いて見てちょうだい」
「はい」
 私はすでに写真を見ていたが、何が変なのか分からなかった。きっと渡辺さんは、この写真に本来写らないはずのものが写っている──つまり心霊写真だと言いたいのだろう。だが、どこがおかしいのか。私の背後には誰も立っていないし、渡辺さんも然りだ。
「ここよ」
 渡辺さんは指で指し示した。私たちのツー・ショットから少し離れた位置だ。
「このガラスの写り込み……」
 オープン・カフェの店内と外を隔てるガラス張りがそこにあった。そして、そこに写り込んでいるもの……。私はアッと声をあげそうになった。
 赤いコートの女!
 その写り込みは、本来、私と渡辺さんの後ろ姿が写っているはずだった。だが、私の後ろにもう一人が立っている! 髪の長い、赤いコートを着た女!
 私は唇を震わせた。
 女は鏡の中にのみ存在している!
 そういえば、私はバスの中でこの女を見かけたつもりだったが、あれもやはり前方入口頭上にあるミラーに写った姿だった。振り向こうとしたが、結局は見ていない。それもそのはずだ。相手は鏡の中にいるのだから。
 私は写真に写った赤いコートの女を魅入られたように見つめ続けた。
「小園さん、早く引っ越した方がいいわ。手遅れにならないうちに」
「そんな……」
 手遅れ? もうすでに私は取り憑かれているのかも知れない。この女はアパートだけでなく、私の行く先々に現れているのだから。
「!」
 そのとき、私は昨夜、幹哉が突然に帰ったことに思い至った。
 私は携帯電話で幹哉にかけた。
 コールは長く続いた。仕事中で出られないのだろうか。それとも……。
 諦めかけた刹那、幹哉が出た。
「もしもし」
「あっ、私だけど……」
「………」
「幹哉……もしかして、昨日……何か見た?」
「………」
 幹哉は無言だった。
「見たのね?」
 私は重ねて尋ねた。
「……オレ、小さい頃から霊感とか強い方なんだよ。ホテルの部屋に入ったら、鏡に写ったお前の後ろに……」
 私は泣きたくなった。
「そう、分かった……」
「悪いけど、もう、お前とは……」
「………」
「………」
 私は嗚咽が漏れる前に電話を切った。
 そっと渡辺さんが肩に手を置いてくれる。私はそれを握って、泣いた。


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