「あの席で死んだって……?」
瑞恵は来生の言い方に疑問を持った。もし、病気や交通事故で死んだのなら、もっと別の言い方をするだろう。それではまるで……。
来生も言いにくそうにしていたが、話し始めた手前、ここでやめるわけにはいかなかった。
「あれは六月の終わりくらいかな。雨が降っていた日だった。オレたちは普段通り、授業を受けていたんだ。すると後ろの席の方で、ガタンって音とガラスが割れるような音がして……。次には女子の悲鳴が聞こえた。何事かと後ろを振り返ると、小栗さんが椅子ごと床に倒れていたんだ。ほら、よく後ろに体重をかけて、椅子の前脚を浮かせながらバランスを取って座っていると、思わずひっくり返っちゃうことってあるじゃない? 小栗さんもそんな座り方をしていたと思うんだ。でも、ひっくり返った場所が悪かった……。あの席の後ろの壁には、大きな鏡があって……」
来生は、そこで一度、話を中断した。そのときの光景を思い出したのか、心なしか顔面が蒼白になりつつある。瑞恵も来生の話を聞きながら固唾を呑んだ。
「小栗さんは頭をぶつけ、鏡は派手に壊れた……しかも、後頭部を切ったか、破片が刺さったのか、床にはみるみるうちに血が……」
瑞恵は思わず両手で口許を覆った。見てもいない惨状が脳裏に浮かぶ。
「すぐに救急車を呼んだけど、出血がひどくて、小栗さんは病院に運ばれる途中で死んだんだ……。以来、あの教室で女の子の幽霊を見たとか言う噂が立つようになり、誰もが気味悪がって、あの席に座ろうとするヤツはいないんだよ。お陰で席替えもしてない。クラスのみんなは気持ち悪いからと、教室から席を取り除いて欲しいって片岡先生に言ったんだけど、先生は五年三組が終業式を終えるまで席をあのままにしておこうと主張して……」
「でも、その席に私が座った……」
やはり話すべきではなかったと、来生は後悔した。瑞恵の表情は強張ってしまっている。転校してこなければ──いや、五年三組に編入されなければ、こんな思いをしなくて済んだだろうに。
「他に席はなかったんだし……気にすることはないよ。幽霊の噂だって、誰かが面白おかしく流しているだけさ」
「………」
来生は優しくそう言ってくれるが、小栗吉乃という女子児童が事故を起こした想像の光景が、生々しく瑞恵に焼きついてしまっていた。まだ残暑の厳しい九月の初めだが、自然に身体が震えてくる。
そんな瑞恵を見て、思わず来生は、彼女を守ってやりたいと決意した。
「さあ、桜井さん、帰ろう」
来生は瑞恵を促し、一緒に並んで正門の方へと歩き出した。
そんな二人の姿を見つめる視線があろうとは、瑞恵たちは知る由もない。
その視線の主が五年三組の教室から見下ろしていることも。