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悪意の教室

−7−

 思い詰めたように言う瑞恵に対し、来生は口ごもってしまったが、
「何を言い出すのかと思えば……桜井さんは五年三組の新しい仲間だよ。それを追い出そうとするヤツなんて、クラスの人間にはいないよ。死んだ小栗さんだって、きっとそうだと思う」
 と、死んだクラスメイトをかばった。来生らしいと瑞恵は思う。
「でも……来生くんのこと好きな女子は、転校してきて間もない私が親しそうにしているのをよく思っていないわ。こんなこと、来生くんは気づいていないでしょ?」
「………」
「来生くんが転校してきたばかりの私に優しくしてくれるのは嬉しいの。でも、私だけ特別扱いされるのは、やっぱり他の娘の反感を買うと思う。だって、来生くん、勉強もスポーツもできてカッコイイもん。他の女の子が憧れるのも無理ないわ」
 瑞恵の言葉に、来生は黙っていた。考えもしなかったに違いない。だが、だからと言って、来生が悪いわけでもなかった。
 二人はしばらく、また無言になったが、やがて来生がぽつりと言った。
「しょうがないよ……」
「え?」
「しょうがないよ。だって、オレ、桜井さんのこと──」
 ドドーン!
 来生の言葉を遮るように、爆音に似た雷鳴が轟いた。
「キャッ!」
 驚いた瑞恵は窓から離れようとした。その正面に立っていた来生が、瑞恵の身体を抱きとめる格好になる。それはハプニングによってもたらされた偶然だったが、二人はしっかりと抱きしめあった。
「き、来生くん……」
「………」
 お互いの心臓の音が確かめられた。ギュッと来生の腕に力がこもる。まだ小学五年生の二人であったが、抱き合うという行為に安堵感を覚えた。不思議と恥ずかしさはない。誰もいない教室で、二人だけの時間が流れた。
 ガタガタガタッ!
 突然、騒がしい音がして、二人は身体を離した。
「何だ!?」
 来生と瑞恵は慌てて、周囲を見回した。
 見ると、窓ガラスが何もしないのに全開になっていた。そこから風雨が激しく吹き込んでくる。二人はそれから逃れようと、窓側から廊下側へ飛び退いた。その激しさたるや、教室の半分をたちまち水浸しにしてしまったほどだ。
 しかし、そんなことよりも驚きなのは、どうしていきなり教室の窓がすべて開いたのかだ。瑞恵の記憶では、窓にはカギも掛けられていたはずだ。いくら強い風が吹いていると言っても、ガラスが割れるならばともかく、レール式の窓が開くわけがない。
 だが、奇怪なことはそれだけに留まらなかった。吹き込んだ風がロウソクの火を吹き消すように、教室の照明が一斉に落ちた。いや、五年三組の教室ばかりではない。廊下の電気もだ。落雷の影響による停電か。
「やだ……」
 暗闇に飲み込まれ、瑞恵は自然と来生の身体にしがみついた。来生がそれをしっかりと受け止める。
「だ、大丈夫だよ。とにかく先生たちのいる職員室へ行こう」
 来生は瑞恵を安心させるように言いながら、教室の出口へ歩き出そうとした。だが──
 ガラガラガラッ、ピシッ!
 突然、教室の扉が閉められた。前後共だ。来生と瑞恵は教室に閉じ込められた。
「おい! 誰だ、こんないたずらをするのは!?」
 来生はこれをいたずらと思ったのか、それとも瑞恵を怯えさせないようにしたのか、大きな声で叫んだ。
 しかし、それに対する反応は何もなかった。
 仕方なく、来生は瑞恵を抱きかかえるようにしながら、教室の前のドアから出ようとした。ところが取っ手に手を掛けて引いてみても、ドアはびくともしない。まるで鍵が掛けられたかのようだ。もちろん、教室のドアは最初から鍵が掛けられる仕組みになっていない。来生は腕に力を込めてみたが、何度やっても同じだった。
 ギィギィギィギィ……
 真っ暗になった教室の後ろの方で音がし、来生と瑞恵はそちらに視線を向けた。その音は教室では馴染みのある椅子を引きずる音だ。
 見れば、教室の一番後ろの席で、誰かが椅子から立ち上がるところだった。それにしても、いつの間に教室へ入ってきたのか。
 その人物は教室が暗いせいで、誰なのかさっぱり分からなかった。黒いシルエットだけが突っ立っている。身長は背の高い来生や瑞恵に比べると低そうだった。
「あの席……」
 瑞恵はそこで言葉を途切れさせたが、来生も気がついていた。黒い影が立ち上がった席こそ、瑞恵の席──そして、死んだ小栗吉乃の席だ。


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