「宇宙人?」
オレは眉根を寄せた。そして、ジッと拓哉の目を見つめる。
「拓哉、あまりウソを言うのはよくないぞ。ウソつきは泥棒の始まりって言葉、知ってるだろ?」
オレは諭すように言った。
どうやら拓哉にはウソをつく癖があるようだ。多分、村に同じくらいの子供がおらず、友達のいない寂しさから大人たちにウソを言うのだろうが。
しかし、オレの言葉に、拓哉は怒ったような顔をした。
「ホントだよ! あの山には宇宙人がいるんだ! 山寺の和尚さんも言ってたもん!」
あまりの剣幕に、拓哉の言うことは真実なのだと、オレは直感した。いや、真実かどうかはともかく、拓哉が信じているのは間違いない。
オレは拓哉をなだめようと、必死になった。
「分かった、分かった! オレが疑って悪かったよ! 拓哉の言うことは本当だ! あの山には宇宙人がいる! オレは拓哉の言うことを信じるよ」
「ホントに?」
子供の純粋な瞳には敵わない。
「ああ、本当さ。なんなら、今度、案内してくれよ」
どうやらオレの言葉を拓哉は信じてくれたようだ。機嫌を直して、再びオレの方へ身を乗り出す。
「じゃあ、明日、案内してあげるよ」
「ええ? 明日?」
いくら暇な駐在の仕事とは言え、子供とこんな約束を交わしていいものだろうか。オレはちょっと迷ったが、結局、拓哉と指切りをした。
「よし、明日な」
「うん!」
拓哉は嬉しそうにうなずいた。
「あら、何の約束?」
そこへちょうど戻ってきた加絵子さんが、オレと拓哉の指切りを見て尋ねた。拓哉はパッと離れる。
「ないしょ」
そう言うと、拓哉は最後のご飯を口に押し込んで、食べ終わった茶碗を片づけ始めた。オレも笑って、同意する。
「男同士の約束だもんな、拓哉」
「うん!」
「あ〜ら、ママにも教えてくれないの?」
「教えないよ〜だ」
拓哉は逃げるように、自分の食器を台所の方へ運んでいった。そんな我が子の様子に、加絵子さんが吹き出す。
「あの子ったら。あんなに楽しそうな顔、久しぶりかも」
呟いてからオレの視線に気がつき、加絵子さんは照れ隠しに拓哉が座っていたところをさほど汚れてもいないのに布巾で拭いた。オレは微笑を浮かべる。
「やっぱり、友達もいなくて淋しいじゃないですかね」
オレの言葉に、加絵子さんは手を止めて、布巾を折り畳んだ。
「夫が生きていた頃は、ここじゃなく、町の方で暮らしていたんです。でも、夫が亡くなってから、お義母さんの具合が悪くなってしまって。あの子には可哀相なことをしてしまったと思っています。村にはあの子と同じくらいの友達はいないし、私も義母の世話で、一日中、あの子に構ってやることもできません。だから、村の人たちを相手にウソをついたり、いたずらしてみたり。今ではすっかり、村の人たちに悪ガキ扱いされてしまって、まともに話を聞いてもらえないような状態なんです。それが余計にあの子を孤独にしてしまったんでしょうね。ですから、粕谷さんが新しく村に来てくれて、あの子、ホントに喜んでいると思うんですよ。ご迷惑かも知れませんけど、これからもどうぞよろしくお願いします」
加絵子さんはオレに頭を下げた。オレも改まって、あぐらから正座に座り直す。
「そんな、やめてくださいよ。大したことじゃないですって。それに拓哉くん、加絵子さんの大変さをよく知っていますよ。いい子だと思いますよ、オレは」
「粕谷さんにそう言っていただけると。でも、あまり山の方では遊ばないよう、粕谷さんからも言ってもらえませんか。あの子、最近、よく山へ行っているみたいなので」
「え? 山に?」
つい今も、拓哉と山へ行く約束をしたばかりだったので、オレは少し焦った。加絵子さんは拓哉が山で遊ぶことに反対のようだ。まさか本当に宇宙人が出るわけでもないだろうが……。
「山は危険な場所なんですか?」
オレはさりげなく訊いてみた。
「山には小さなお寺さんがあって、そこへの道を外れなければ危ないことはないんですけど、獣道みたいなところに入ると、底なし沼があるんですよ」
「底なし沼?」
「ええ。直径七、八メートルくらいの沼なんですけど、昔から気味の悪い言い伝えが残されている所で」
加絵子さんは、顔をしかめるようにして話した。そんな沼の話は初耳だった。
「どんな言い伝えなんですか?」
「はい。私も以前にお義母さんから聞いただけなんですけど、その沼には“泥御坊”とかいう怪物が棲んでいると言われているんです」
「“どろごぼう”?」
オレは一瞬、八百屋の店先に並べられた泥つきのゴボウを思い浮かべた。
「何でも、その昔、偉いお坊さんがこの村へ来て、日照り続きだった村のために、七日七晩、その山にこもってお経を唱えてくれたらしいんです。ところが七日目に、ひどい大雨が降りまして、お坊さんは土砂崩れに巻き込まれてしまったそうです。村人たちは助けに行こうとしたのですが、大雨は三日間降り続き、危険で、とてもそんな状況じゃなかったとか。そして、やっと大雨がやんで、お坊さんがいた場所へ行ってみると、なんとそこに今までなかった沼が出来ていたそうです」
「へえ」
オレはさほど怖がりもせず、加絵子さんの話にうなずいた。こういう昔話や言い伝えは、各地、何かしらあるものだ。せっかく話してくれている加絵子さんには悪いが、それを一々、真に受けていられない。
しかし、加絵子さんは念を押すように付け加えた。
「以来、その沼地に近寄った者は、魂を抜かれてしまうとか。ですから、村の人たちは、生き埋めになったお坊さんが成仏できずに泥沼の中から現れて、山に近づく者を襲っているのではないかと言うのです」
「なるほど、泥沼の中から現れる坊さんだから、“泥御坊”ってわけですか」
オレは相づちを打った。
「もちろん、私だってそんな怪物が、今の世の中、いるなんて思っていません。でも、拓哉を戒めるためにこの話をしたら、逆に興味を持ってしまって。それで面白がって、山で遊んでいるんです。でも、怪物はともかく、底なし沼は本当にあるんです。もし万が一、拓哉がそこへ足を踏み入れでもしたら……」
加絵子さんの心配はもっともだった。オレは安心させようと、自分の胸を叩いて見せた。
「大丈夫です。拓哉くんには危ない場所へ近づけさせませんから」
オレは加絵子さんに堅く約束した。