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泥御坊

−7−

 板張りの床は、歩くだけで大きく軋んだ。一部、床が抜けそうな所もある。早いうちに補修が必要だろう。オレは怖々、仏像の近くまで辿り着いた。
「くれぐれも言っておきますが、他言無用に願いますよ」
 臼井和尚はオレに念を押し、仏前に一つ手を合わせてから、供えてあった木箱を持ち上げた。大きさは、ちょうど中に一升瓶が入りそうな感じだ。臼井和尚の手つきは、まるで壊れ物を扱うかのような慎重さに見える。その木箱を床に置いた。
「宇宙人だよ」
 拓哉がワクワクしたように言う。宇宙人? この中に?
 臼井和尚は木箱の紐をほどくと、蓋を開けた。
「!」
 オレは中を見て、言葉を失った。何だ、これは!?
「ね! すごいでしょ!」
 拓哉がオレの袖を引っ張りながら言った。
 確かに、今まで見たこともないものが木箱の中に入っていた。
 あえて似ているものと言ってオレの頭に浮かぶのは、オオサンショウウオだ。だが、みずみずしさ──というか、ぬめぬめした感じはまったくない。ひからびている。まるでミイラみたいだ。それに本物のオオサンショウウオとは相違点が見られる。脚は左右に三本ずつの計六本。頭には小さな角のような突起が一つ。それに口と思われる部分からは、ノコギリの刃に似た鋭く細かい歯が覗いている。体の色は深いグリーンのように見えた。
「な、何ですか、これは?」
 オレは臼井和尚に訊いてみた。すぐさま拓哉が、
「宇宙人だよ、宇宙人!」
 と、愉快そうに言う。そんな拓哉に臼井和尚が苦笑する。
「宇宙人かどうかは分からないが、私はコイツが“泥御坊”だと思っています」
「“泥御坊”? だって、あれはこの山で亡くなったお坊さんのことを言っているんでしょ?」
 オレは夕べ、加絵子さんから聞いた話を思い出しながら口にした。それを肯定するように臼井和尚がうなずく。
「そうです。しかし、沼に近づいた村の者が命を奪われるという出来事の元凶が、その亡くなった僧であると決まったわけでもないでしょう。何か妖怪や化け物の類かも知れません」
「それがコイツかも知れないってことですか?」
「ええ。この奇妙な生物──多分、生物だと思いますが、私が今から二十年くらい前に沼地の近くで見つけましてね、すでにこんな風に死んだような状態でした。発見したとき、私はコイツこそが“泥御坊”に違いないと確信しました。コイツがネッシーやツチノコみたいな未確認生物なのか、拓哉の言うように宇宙人なのか、それとも死んだ僧が現世の未練を断ち切れずに鬼として甦ったものなのかは分かりません。ですが、この山寺は、元々、“泥御坊”と呼ばれた僧を弔うために建てられたもの。だから私はコイツをここへ運んできて、成仏できるよう、毎日、供養しているのです」
 オレはジッとミイラのようになっている“泥御坊”を見つめながら、臼井和尚の話を聞いていた。オレにもこいつの正体は見当もつかない。だが、臼井和尚がオレや拓哉を担ぐために作り話をしているとも思えなかった。現に、動かないとは言え、実物が目の前にあるのだ。“泥御坊”の存在を認めざるを得なかった。
 しかし、当然ながら疑問もある。オレは臼井和尚にそれをぶつけてみた。
「でも、昔、死んだお坊さんがこんな姿で甦ったかも知れないと言いますが、そのお坊さんは村の人たちを助けるために、自ら山の中にこもって、雨乞いをしていたのでしょう? その結果、大雨が降って、自分が死んでしまったとはいえ、それを恨んで、こんな鬼みたいな姿で甦り、村人たちに害をなすなんて、筋違いじゃありませんか? 逆恨みってもんでしょう?」
 オレの意見に、臼井和尚は笑った。
「はっはっは、そうですね、私もお巡りさんのおっしゃる通りだと思います。しかし、この死んだ僧に関して、こんな話も伝わっているのです。その僧は仏門に入る前に、武家の娘と恋仲だったとか。二人は大層、愛し合っていたそうなんですが、娘の家は男との身分の違いから結婚を許さず、別の男と、無理矢理、結婚させてしまった。つまり、政略結婚ですね。それで男は仕方なく、娘をあきらめるために出家をしたそうです。それでも娘のことを忘れられなかったのではないかと言われています」
 臼井和尚の話を聞きながら、オレはなぜか加絵子さんを思い浮かべた。その想像を振り払って、オレはさらに臼井和尚に質問してみる。
「……ところで、この“泥御坊”のミイラは、誰かに調べてもらったりとかしたんですか?」
 臼井和尚の答えは否だった。
「さっきも言ったように、私はこの“泥御坊”を供養してやりたいだけです。どこぞの大学の先生が押し掛けて来たら、すぐに調べさせろと言うことになります。テレビや新聞にも面白おかしく扱われるでしょう。そういうのは避けたいんですよ。ですから、お巡りさん、あなたも今日ここで見たことは誰にも言わないでください。このことはあなたと私、そして拓哉、三人だけの秘密でお願いします」
 臼井和尚はそう言うと、“泥御坊”を元通り木箱にしまい始めた。
「ひみつだよ、おまわりさん」
 拓哉にまで念を押された。オレはうなずいた。
「分かりました。このことは他言しません」
 そう二人に誓った。


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