オレが事情聴取を終えて、南天沼村に戻ったのは夜十時を回った頃だった。とは言え、これですべての事情聴取が終わったわけではない。犯人は底なし沼に沈んでしまい、さらにオレが拳銃を捨ててしまったことも大きな問題になっていたからだ。だが、さすがに底なし沼を洗いざらい調べるのは無理だろう。有毒ガスの件もあり、現場へ近づくのは危険だ。おそらく事件は容疑者不確定のまま送検されるだろう。もし、それで責任を取れと言うなら、オレは辞めるつもりだった。もっとも、オレは拓哉を救ったお手柄警察官でもあるので、そう簡単に辞職は迫られないと思うが。
とにかく、オレはくたくただった。今日は二度も山へ登り、犯人と格闘して、執拗な事情聴取まで受けたのだ。もし、あと一時間も調書作りが長引いていたら、帰る気力もなくなっていたに違いない。まったく、村には加絵子さんがオレの帰りを待っているというのに。
だが、村に戻ったオレは、臼井和尚に留守番してもらっている駐在にも、加絵子さんが待つ佐伯家にも行かなかった。まっすぐ、山へと向かう。途中、村の誰にも会わなかったのは幸いだった。
夜の山は真っ暗で、手持ちの懐中電灯の明かりを頼りに歩いても心許なかった。木々のざわめきやフクロウの鳴き声が不気味に聞こえる。それでもオレは山道を登り続けた。実に、今日、三度目の山登りである。さすがに足はパンパンに張っていた。
それでも、どうにか山寺まで辿り着いた。臼井和尚は留守番を頼んでいるので、いないはずだ。その証拠に山寺はひっそりと静まり返っている。オレは本堂の扉を開いた。
ギギッ……
古い床板が軋んだ。オレは無言で本堂の中へと入る。中は外同様、真っ暗だ。オレは懐中電灯を足下から本堂の正面へと照らした。
小さな光の中に仏像が浮かび上がった。そして、その仏前に供えられている数々の野菜。その中には細長い木箱も置かれていた。
オレは床板を踏み抜かないよう、慎重に足を進めながら、仏前までやって来た。そして、木箱に手を伸ばそうとする。
「来たわね」
不意に女の声がして、オレは思わず手にしていた懐中電灯を落としそうになった。
「誰だ!?」
オレは声がした方向に明かりを向けた。
「あなたとはよく会うわね」
仏像の裏から、服装もそのままに、ハイカーの女が姿を現した。オレと拓哉を助けてくれた女だ。だが、昼間のときとはかなり印象が違う。女の表情が厳しいせいだろうか。
オレはうろたえた。二、三歩、後ずさる。だが、その背中が何かに当たった。
「そう急いで帰りなさんな」
オレの背後には、いつの間にか女の連れだった男が立ち塞がっていた。その巨漢に圧倒される。
「自己紹介がまだだったかしら? 私は一条カンナ。あなたの名前は?」
「粕谷淳一……」
一条カンナと名乗る女に、オレは茫然と答えていた。
カンナはオレの答えに満足したようにうなずくと、仏壇の両脇に立っているぼんぼりに明かりを灯した。真っ暗だった本堂がぼんやりと明るくなる。
オレはどうやってこの場から逃げ出そうかと必死に考えた。だが、後ろには大男、前には驚異的な射撃の名手であるカンナがいる。とてもじゃないが不可能に思えた。
突然、パチンという音がして、オレは我に返った。カンナが指を鳴らしたのだ。
「こんな美人を前にして、逃げるつもり?」
オレの考えは相手に見透かされていた。もうダメだ。逃げられない。
「こんな真夜中に、どうして警察官であるあなたが、こんなコソ泥みたいなマネをして、ここへ入り込んだのかしら?」
カンナは腕組みをして、オレに問いただす。オレは口をつぐんだ。
「答えたくないみたいね。じゃあ、私が代わりに言ってあげるわ。あなたはこれを取りに来たのでしょう?」
そう言ってカンナは、仏前にあった木箱を取り上げた。紐をほどき、蓋を開ける。オレは思わず目をつむった。
「あの男の子、鹿島が見つけたあの奇妙な生物の死体を見ても、特に驚かなかったわよね。それどころか、『和尚さんの所で見た』と言っていたわ。この辺で和尚さんと言えば、この山寺しかない。つまり、同じものをすでに、ここで見ているってことでしょ? そのとき、私は違和感を持ったのよ。まず、同じ所へ同じ地球外生命体が落ちることは、確率的にも低いわ。同時期に大量に落ちたなら別だけどね。あなたには想像もできないほど、この宇宙には何百億という種類の生物がいるのよ。それなのに、そんな偶然があるかしら?」
オレは冷や汗で、全身が冷たくなっていくのを感じた。カンナは続ける。
「それよりは、鹿島が見つけたヤツは男の子が見たものと同じだったという考えの方が納得できる。つまり、寺にあったはずの死体が、なぜか知らないけど、あの沼の近くに落ちていたってことよ。でも、どうして? 死体が勝手に動いたとでも? もちろん、そんなことは有り得ない。となれば、誰かが意図的に捨てていったとしか考えられないわ」
そこでカンナは言葉を切り、眼光鋭く、オレを射抜いた。オレはそれに堪えられず、うつむく。
「何者かがそんなことをする理由とは何なのか? 考えられるのは一つ。私たちが落ちた隕石の調査に訪れることを知り、偽物のターゲットを発見させようとしたんだわ。──自分が本物のターゲットを回収しても疑われないようにね」
オレは突然、下半身の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。すべてが終わったのだ。