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静かなる侵略

−4−

 忠雄はその足でパチンコ店へ入った。何度か岡本たちと来たことはあるが、制服で入るのは初めてだ。だが、店員がそれを見咎めることはない。
 忠雄は金を持っていなかった。だが、方法はある。隣にドル箱を積み上げた主婦から、一箱、拝借した。主婦は何も言わない。近くのサラリーマンからタバコもいただき、忠雄は適当な台を見つけて打ち始めた。
 制服姿でパチンコ店に入り、その上、喫煙まで。忠雄は好き放題に遊んだ。だが──
 パチンコ台は大当たりしたが、店員は忠雄を無視し、自分で空箱を取りに行かねばならなかった。玉が台からあふれ出る。さらに、最終的に五箱分稼いだが、それをカウンターに持っていっても、景品と交換することは出来なかった。店員には忠雄など見えていないも同然なのだ。腹いせに忠雄はレジから手に持てるだけのお金を盗んだが、店を出てから、その使い道がないことに思い至った。先程と同様、忠雄に対応してくれる店員など、どこにもいないのだから。
 気分転換のはずのパチンコは、まったく役に立たなかった。それどころかイライラが募る。
 ドン!
 忠雄は商店街の真ん中で、スケートボードに乗った同じくらいの年頃の男と正面からぶつかった。忠雄もスケボーの兄ちゃんもひっくり返る。忠雄はカッとなった。
「てめえ、こんなところでスケボーに乗っているんじゃねえ!」
 忠雄は鬱憤を晴らすように、スケボーの兄ちゃんを殴った。スケボーの兄ちゃんは無抵抗だ。それをいいことに、忠雄は何発もパンチを喰らわせた。
 やがてスケボーの兄ちゃんは白目を剥いて気絶した。鼻からひどい出血している。明らかに忠雄はやりすぎたのだ。その様子を見て、仲間らしい少年グループと通りすがりの通行人が足を止め、心配そうにスケボーの兄ちゃんを取り囲み始めた。
 忠雄はその場から逃げ出した。だが、誰も忠雄を追いかけなかったし、見てもいない。彼らが見ているのはケガをしたスケボーの兄ちゃんだけ。危害を加えた忠雄など素知らぬ顔だ。忠雄は逃げるのを途中でやめた。
「ちくしょう!」
 怒りが込み上げた。みんな、忠雄を無視するのが許せなかった。そして、その怒りの捌け口がどこにもないことが、なおさらやるせなさを覚えさせた。
 忠雄は自宅に帰った。とりあえず自分のベッドで、泥のように眠りたかった。
 だが、玄関の鍵は掛けられていた。仕方なく、忠雄は鍵を開ける。しかし、扉にはさらにチェーンロックがされており、中に入ることは出来なかった。
 忠雄は扉の細い隙間から中を窺った。リビングの方からテレビの音がする。玄関には父の靴。きっと珍しく残業なしで帰宅したのだろう。最後の戸締まりをするのは父の役割だ。
「母ちゃん、親父、勇雄! オレだ! 忠雄だ! 開けてくれ!」
 忠雄は玄関のチャイムを鳴らしながら、大声で叫んだ。しかし、誰も奥から姿を現さない。チェーンロックを何とか外そうとも試みたが無理だった。
 忠雄はその場にしゃがみ込んだ。家族も忠雄の存在など忘れているのだ。
 忠雄はしばらく、玄関の前で座り込んだ。スケボーの兄ちゃんを殴った手がヒリヒリと痛む。空腹に腹が鳴った。悔しさと情けなさに涙がこぼれた。
『人間はね、一人じゃ生きていけないのよ』
 昼間、学校での礼美の言葉が甦る。
 忠雄はポケットの携帯電話に手を伸ばした。


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