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彼女が来る夏

−11−

 台風一過。
 朝の嵐が嘘のように、空は青く澄み渡っていた。目が眩むような強い日射し、ジッとしているだけで汗が滲むような暑さ。木々で鳴き続ける蝉の声も聞こえてくる。大雨が降った痕跡など微塵もない。正午過ぎには、すっかりいつもの夏を取り戻していた。
 私とナツオさんは、南さんの墓参りに来ていた。今日は南さんの命日ということもあって、先に家族の誰かが手向けたらしい新鮮な花が生けられており、間もなく燃え尽きようとする線香の煙がたなびいている。私たちも持ってきた花と線香を供えた。
 ナツオさんはしゃがみこむと、墓石に手を合わせた。私もその後ろで立ったまま、同じようにする。沈黙が流れた。
 私はナツオさんを助けてくれた南さんに、深く感謝した。私一人ではとても出来なかったことだ。いかに南さんが素晴らしい女性だったか、思い知らされた気がした。私も南さんのような女性になろう。それがナツオさんにふさわしいからということではなく、一人の女性としてあこがれるからだ。どうか、天国で見ていてください。
 私が目を開けても、ナツオさんはまだ南さんのお墓に向かって拝んだままだった。きっと、南さんに語り尽くせないくらい多くのことを話しているのだろう。それを見ていると、少し妬けた。
「さあ、帰ろうか」
 程なくして、ナツオさんは立ち上がった。その顔は、まるで憑き物が落ちたかのようにすがすがしく見える。ナツオさんの中で、南さんに対する何かが決着したのだろう。もう、あんな無茶はしないはずだ。私は確信した。
 墓地の出口へ向かう途中、五メートルくらい先を歩くナツオさんが、不意に立ち止まった。
「そうだ。南のサーフ・ボード、名美が使ってくれよ」
「私が?」
 びっくりした。そんな大切な物を私に?
「いいんですか?」
「ああ。その方が南も喜ぶと思うから」
 私はうなずいた。南さん、大切に使わせてもらいます。
「それから──」
 ナツオさんは続けた。
「オレをさん付けで呼ぶのは、もうやめてくれ。これからは『ナツオ』でいい」
「えっ、でも……」
 ナツオさんは私よりも四つ年上だ。その人を呼び捨てにするなんて。
「オレ、名美と対等に付き合いたいんだ。だから、お互い、名前で呼び合った方がいいと思って……ダメかな?」
 ナツオさんは照れくさいのか、鼻を人差し指でこすった。
 私は感情が津波のように押し寄せてくるのを感じた。
「ううん、とんでもないです! 私も……」
 それ以上は言葉にならなかった。
 私のOKを、ナツオさんははにかんだ笑顔で受け止めた。
「じゃあ、行くぞ、名美」
「は、はい!」
 私も名前を呼び捨てにしようと思ったが、まだ慣れるのに時間がかかりそうだった。でも、徐々にでいい。私たちはまだ始まったばかりなのだから。
 二人の距離を縮めるように私は跳んだ。ナツオの背中に向かって。


<了>


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