当時、菅谷は月刊「アトランティス」の読者投稿コーナーを担当していた。ハガキやファックス、Eメールなどで、読者が体験した不思議な出来事を募集し、四ページに渡って紹介するコーナーだ。まだ電子マガジンはなく、ペーパーの雑誌が全盛だった時代。担当は菅谷を含めて三人いたが、毎月、千通くらいの投稿があるので、それを一つ一つ吟味し、コーナーで採用できるかどうか検討する作業は骨が折れた。
そんな投稿者の中にケイがいた。A5サイズの封筒に住所は書かれておらず、差出人の名前もアルファベットのKのみ。たまたま菅谷に配分された封書だった。
中を開けてみると、何の変哲もない写真が数枚。公園かどこかのベンチに座った老人や商店街で働く八百屋の主人、登校中らしいランドセルを背負った二人の男の子といった写真だった。
普通は心霊写真と称して、白いモヤみたいなものが写ったものを投稿してきたり、UFOの写真と言って、ぼやけた飛行船みたいなものを送ってくるものだ。ところが、ケイが送ってきたのは、写真コンクールにでも出した方が良さそうな、ありきたりな日常を撮影したものだった。不審な点は何もない。送られてきた写真に共通しているのは、人物を撮影したものというだけだ。
本来であれば、菅谷はそんな写真は月刊「アトランティス」にふさわしくないということで、気にもしなかっただろう。投稿写真なら、一目で読者を驚かせるようなインパクトが必要だ。こんな写真では使い物にならない。だが、なぜか菅谷は、その写真が気になって仕方がなかった。
そこへちょうど、投稿コーナーの担当者宛てに電話が入った。最初、電話を受けたのは、菅谷と同じ担当の若い女性だった。菅谷が応対した女性編集者の方を窺うと、彼女はイタズラか何かなのか、怪訝な顔をして聞き返す。
「ケイ?」
その女性編集者の声に、菅谷はハッとした。
「その電話、誰から?」
女性編集者は、電話の主に「少々、お待ちください」と言ってから、受話器を手でふさいで、
「ケイって名乗っています。多分、読者じゃないでしょうか。何でも、投稿写真がそろそろ届いた頃だと思うから、担当の人とちょっと話がしてみたいって」
「オレが出る」
「まだ子供っぽい声ですよ。イタズラかも」
渋る女性編集者の手から、菅谷はひったくるようにして受話器を取った。
「もしもし、お電話替わりました。私、担当の菅谷と言います」
『………』
電話の向こうからは、ためらうような沈黙があった。緊張しているのかも知れない。
「もしもし?」
『……もしもし』
ようやく声がした。女性編集者の言うように、まだ少年らしさが残る声だった。中学生、あるいは高校生だろうか。
「君が写真を送ってくれたケイだね?」
『……はい』
声はとてもか細く、聞き取りにくかった。内向的な少年なのかも知れない。イタズラで電話を掛けてくるタイプではないと、菅谷は睨んだ。
「拝見しましたよ。でも、あの写真、どういう意味なのかな? 私には普通の人物写真に見えたけど。それとも何か他に写っているとか?」
『……いいえ。そうじゃありません。……写真自体は平凡なものです』
「それじゃあ、どうしてウチへ送ってきたんだい? ウチは知ってると思うけど、世界中のミステリーを集めた雑誌で──」
『知っています。だから、あの写真を送ったんです』
少年──ケイの口調が、少し早くなった。何かを知らせたいらしい。
菅谷は受話器を持ち直した。
「どういうことかな。説明してくれないか?」
『あの写真は──』
ケイは唇を濡らすかのように、少し間を置いた。まるで緊張しているかのように。
『──あの写真に写っている人たちは、僕が撮影した数日後、全員、変死したんです』