ケイの言葉を聞いて、菅谷はすぐにその意味を理解できなかった。撮影後、モデルになった人たちが死んだ?
「悪いけど、初めから順序立てて話してくれないかな」
菅谷はそう言いながら、手元にメモ帳を引き寄せた。
『分かりました』
ケイは語り始めた。自ら体験した不思議な出来事を。
『僕は前々からカメラに興味があって、この夏、アルバイト代をはたいて、中古のライカを買ったんです』
「へえ。中古とは言え、ライカじゃ高かったろう?」
菅谷はカメラのことに詳しくなかったが、さすがにライカの名前くらいは知っていた。プロの報道カメラマンが愛用しているカメラだ。
『ええ、まあ。でも、デジカメとかじゃなくて、本格的なヤツが欲しかったので』
「なるほどな。それで、そのカメラで撮影をしたんだね?」
『はい。とりあえず試し撮りということで、近所の商店街の人たちをモデルにして撮影しました』
菅谷は送られてきた写真を並べた。なるほど、どこかは分からないが、一定の地域で撮影されたものらしい。だが、そこがどこかを尋ねても、おそらくケイは答えないだろう。そのつもりがあれば、最初から自分の名前や住所を伏せていたりはしないはずだ。
「よく撮れているじゃないか。いい写真だよ」
『お世辞はいいです。それよりも、その後、大変なことが起きたのです』
「モデルにした人たちが死んだ、と言うんだね?」
『はい』
ケイはやや緊張したような感じだった。きっと罪の意識に苛まされているに違いない。
昔から写真を撮ると、魂を抜かれるという迷信がある。ケイが買ったライカは、まさに迷信通りの呪いのカメラなのかも知れない。それとも、ケイにそのような超能力があるのか。菅谷は色々なケースを頭に思い浮かべた。
『僕の話、信じてくれますか?』
ケイが尋ねた。
ネタとしては面白い話だ。しかし、それを真実だと受け取るかどうかは別問題である。この少しの会話で、ケイがからかい半分に電話をしてきたのではないと思っているが、菅谷もプロの編集者だ。最後の部分では慎重を期す。
「最終的には編集長にお伺いを立ててみないと分からないけど、私としてはプッシュさせてもらうよ」
無難な答えだった。使用しなくても、自分の責任ではないよ、と暗に言い含めているのだ。
ケイは菅谷の意図を理解したかどうか、とりあえず「お願いします」とだけ言って、電話を切った。
それから菅谷は、送られてきた写真を持って、編集部の人間に片っ端から、ここはどこの商店街か尋ねて歩いた。もし、イタズラなら、それを投稿コーナーに載せてしまうのは癪だ。せめて、写真に写っている人の生死を確認してみたかった。
やがて、編集部の先輩から、自宅があるという埼玉県の入間に、似たような商店街があるという話を聞けた。
翌日、菅谷はその商店街へ行き、疑念は確信へと変わっていた。
確かに、写真のモデルたちは、全員、死んでいた。死因は様々。老人は心臓発作、八百屋の主人はクモ膜下出血、小学生の二人は歩道に突っ込んだトラックに押し潰された。それだけなら、あらかじめ死んだ人間の写真だけチョイスして送るという、手の込んだイタズラも考えられる。しかし、そうではないと菅谷は思い知った。死んだ全員が、同じ日に亡くなったという事実を突きつけられては。ケイの話は本当だったのだ。
残念ながら、ケイが何者であるかまでは分からなかった。ただ、問題のライカを売っていたらしい質屋は突き止めている。商店街の人々が死んだ前日くらいに、まだ高校生くらいの少年が買っていったという話を店主から聞けた。もちろん、それが呪いのカメラだったらしいということは喋っていないが。
当然、菅谷はケイの投稿写真を翌月の「アトランティス」に掲載することを決めた。編集長も面白いと言ってくれ、菅谷の取材記事もプラスされることになった。投稿コーナーがここまで活気づいたのは、創刊以来初めてのことである。
菅谷はケイに、そのことを電話で報告した。
『僕の話、信じてくれたんですね』
心なしか、ケイの声は弾んでいるように聞こえた。普段、仲間たちからも離れて独りになっているケイのイメージが浮かんだ。
「ああ、もちろんだよ。おめでとう。──ところで、これからどうする? そのカメラで人は撮れないだろう?」
ケイが人の魂を抜き取るカメラを今後どうするのか、それが問題だった。
『アルバイト代をやっと貯めて買ったものですから、今すぐ壊したり捨てたりは出来ませんが、押し入れの奥にでもしまっておくつもりです』
「そうだな。それがいいかも知れない」
以来、二人は時折、近況を報告し合う仲になった。もちろん、親しくなってからもケイは本名を明かさず、自分のことをあまり喋りたがらなかった。しかし、徐々にではあるが、ケイの人となりが分かってくる。ケイは入間の高校生だ。そして、おそらくは兄弟がおらず、学校でも友達が少ないようだった。ひょっとすると、一番、話しやすい相手は菅谷なのかも知れない。菅谷はときに兄のように、ときに友人のようにケイを励ました。
そんなケイは次第に明るくなっていった。その理由は菅谷の励ましばかりでなく、学校に好きな女の子が出来たかららしい。もっとも、引っ込み思案なケイは、自分の気持ちを相手に打ち明けることも出来ず、密かに想っているだけのようだったが。