箕子の視線の先には、同じ二年生の男子、中村俊雄がシュート練習を繰り返していた。明日、日曜日は他校との練習試合が組まれており、俄然、練習にも熱がこもってくる。俊雄のシュートは鋭く、キーパーは指先に触れることもできなかった。
俊雄は今年からレギュラーに昇格するや、メキメキと頭角を表し始め、サッカー部のエース・ストライカーにまでなった。それまでクラスが違っていたため、箕子は俊雄の存在を知らなかったのだが、校内で行われたサッカーの練習試合を見るや、その活躍に目を奪われ、完全に一目惚れ。おまけに男性アイドルのような少年らしさを持った容貌も、たちまち箕子を虜にさせた。以来、こうやってサッカー部の練習を毎日のように眺めるのは、俊雄が目的であることは言うまでもない。
その俊雄は、どうやら、こちらには気がつかなかったようだ。箕子はホッと胸を撫で下ろした。
それを横目に見ていた英美がため息をつく。
「好きなんでしょ?」
英美に言われ、こくんとうなずく箕子。英美に隠し事は出来ない。
「だったら、さっさと告白しちゃえばいいのに」
「私は英美みたいな勇気ないもん」
英美は最近、同じクラスの男子で、俊雄と同じサッカー部に所属している高原一成に告白したばかりだった。しかも、ちゃんとうまくいっている。だから箕子にもけしかけてくるのだ。
しかし、箕子だって、それが簡単に出来れば悩みはしない。
「もしも──もしも、よ。中村くんに告白して、断られちゃったら? 私、もう学校に来られないよ。生きていけない」
「はあ。すぐこれだ」
英美はお手上げのポーズを作った。何度となく繰り返されてきた会話だ。
「女の私が見ても、箕子は可愛いと思うけどなあ。自信持っていいのよ、アンタは! 私が保証する!」
「保証って言われてもね……」
英美には悪いが、とても普通の美的感覚を持っているとは思えない人には言われたくない。
英美が自分から告白してまで彼氏にした高原一成は、俊雄のような格好良さはまったくなく、サッカー選手と言うよりは丸坊主の高校球児みたいで、鼻の下を伸ばしたサルそっくりだった。箕子には一成の良さが理解できない。確かにクラスの中でもお調子者で、善人だとは思うが、サルみたいな一成を「可愛い」と言ってはばからない英美に、同じ言葉を掛けられても、今一つ、素直に喜べない箕子である。ペットにしたいのなら分かる、と言ったら、英美に怒られるだろう。
「そうだ! カズくんに頼んで、ダブル・デートをセッティングしようか? カズくんと中村くん、同じサッカー部で仲いいし。そうだ、そうしようよ! あとは二人きりになるチャンス作って、ゲットしちゃいなさい!」
「ちょっと、英美! 余計なこと、絶対にしないでよ! いいから、私と中村くんのことはほっといて! 私はこうして中村くんの練習を見ているだけで充分なんだから!」
箕子は英美に強くクギを刺した。すると──
「じゃあ、私が先に告白しても構わないわよね?」
いきなり二人の会話に、しゃがれた声が割り込んできた。見ると、同じクラスの女子生徒、小野有紀だ。
有紀は学年でも有名なくらい、恋愛経験が豊富な女の子だ。昨年はバスケ部の三年生やバレー部のキャプテンと付き合っていたという噂がある。今年に入ってからも三、四人ほど相手を換えているようだ。中には一年生もいたと言う。
その恋愛経験の豊富さもさることながら、外見も派手さが目立った。田舎町の女子高校生にしては、スカートは挑発的な短さで、胸元のボタンもわざと外しており、化粧でメイクアップもしている。まるで早熟な女の色香が匂い立つかのようだ。
有紀は箕子たちの隣に立つと、練習をしている俊雄に熱い視線を注いだ。強力なライバル出現に、箕子はたじたじとなる。
「小野さんって、今、隣のクラスの岡田くんと付き合っているんじゃなかったっけ?」
箕子の代わりに、英美が有紀に訊いてみた。すると有紀は平気な顔で、
「ああ、岡田くんとは別れちゃった。彼の方から告白してきたから付き合ってあげたんだけど、なんか退屈なのよねえ。それよりは中村くんの方がいいに決まっているじゃない。背はそんなに高くないけど、他は合格点だわ。ねえ、稲本さんもそう思うでしょ?」
「え? まあ……」
言い淀む箕子。だが、有紀の方はそんなことを気にする素振りも見せない。それどころか、
「中村くん、ファイトー!」
などど、大声で声援を送った。これにはさすがの俊雄も気がつく。
「お、小野さん!」
箕子は練習の邪魔にならないよう、静かにさせようとしたが、俊雄がこちらの方を見るや、有紀は大手を振ってアピールする。相手に印象を残す作戦だ。あまりにあざといやり口に、箕子と英美は沈黙するしかなかった。
俊雄はシュート練習を中断し、ジッとこちらの方を眺めていた。箕子は何だか自分が見つめられているような気分になり、恥ずかしさを覚える。