そんな俊雄に、遅れて練習へやって来た高原一成が駆け寄った。すると俊雄は、こちらの方へ指を差しながら、一成に何か尋ねている。箕子はそれを見て、何を話しているのか気になった。
「明日はサッカー部の練習試合だったわね?」
不意に有紀に話しかけられ、箕子はうなずいた。すると有紀は腕まくりするような仕種をする。
「よし! じゃあ、明日は中村くんのためにお弁当作っちゃお! これで中村くんのハートは私のものだわ!」
有紀はそう言うと、箕子に不敵な笑みを残して、早々に立ち去っていった。有紀が日頃から料理をしているとは思えない。きっと、これから特訓するつもりなのだ。
不安そうに有紀を見送る箕子に、英美が肘でつついた。
「どうするのよ? このままじゃ、本当に取られちゃうわよ」
「し、仕方ないわよ……決めるのは中村くんなんだし……」
そう言って、俊雄に視線を戻そうとした箕子の目の前に、一匹のサルが猛然と向かってくるのに気づき、思わず後ずさった。
「よお、英美」
「高原くん」
それはサルではなかった。一成だ。
一成はフェンスに貼りつくと、英美に笑顔を向けた。
「英美、明日の練習試合、観に来るんだろ?」
「うん、行くよ」
「明日、先発で出られそうなんだ」
「ホント!? すごーい!」
「オレ、頑張るから!」
「私も精一杯、応援する!」
「──お二人さん、お熱いところ、申し訳ないんだけど」
二人だけの世界になりつつある英美と一成の間に、箕子は割って入った。そして、一成を怖い顔で睨む。
「高原、さっき中村くんと何を話してたの?」
箕子は強い口調で問いつめた。俊雄にはまったく声も掛けられない箕子だが、同じクラスの一成に対しては普通に話せる。一年の頃から知っているせいもあるだろう。
一成は英美を通じて、箕子が俊雄に惚れていることを知っていた。その一成の口から箕子のことが俊雄に知られないよう、重々、言い含めてある。だが、先程の俊雄とのやり取りがとても気になっていた。もしかして、俊雄にばらしたのでは。疑心暗鬼になる。
「別に何でもないよ」
そう答える一成だが、顔はニヤけていた。箕子は段々、腹が立ってくる。
「私のこと、話してないでしょうね! 話したら、ただじゃおかないわよ!」
箕子は右手拳を握りしめた。
「おっかない顔すんなって。そんなんじゃ、中村にも嫌われちまうぜ」
一成の言葉に、箕子はカチンと来た。
「どうせ、私なんか!」