すると女の子は、そんな箕子の疑問を察したように、口許の笑みだけを残した。
「信じないのね? まあ、無理もないわ。人間が神様と、直接、話すことなんて滅多にないから」
「冗談……よね?」
まだ信じようとしない箕子に、女の子はかぶりを振った。
「いいえ、本物よ。何なら、あなたのことを当ててみせましょうか? あなたの名前は稲本箕子。××年六月二十六日生まれ。血液型はA型。彼氏いない歴十七年。そして、今、あなたが気になっている男の子は──」
「待って! 信じます! 信じさせていただきますっ!」
箕子は顔から火を噴き出すくらい真っ赤になって、女の子の言葉を遮った。そして、誰かに聞かれていなかったかと、周囲を見渡す。
「安心して。私の声と姿は、あなたにしか聞こえていないし、見えてもいないから」
女の子はそう言って、箕子の背後にある社の方へ回ると、ふわりと飛び上がった。それは、ただジャンプしたのではなく、まるで無重力状態にでもなったみたいに、女の子の動きは重さを感じさせないもので、音もなく社の屋根へ座って見せる。幻覚という可能性はあったが、少なくとも女の子は普通の人間ではなかった。
「本当に信じてくれる?」
女の子の問いに、箕子は壊れた人形のようにうなずいた。すると女の子は満足そうに微笑んだ。
「良かったわ。あなたがとてもいい人で。せっかく、この一年間で最高額のお賽銭をくれた人が、とんでもない悪人だったらどうしようって思ってたの」
「この一年で最高額?」
思わず、尋ね返す箕子。女の子はうなずく。
「そう。今、あなたが入れてくれたでしょ? このところ不景気で、お参りに来る人も少ないし、ろくにお賽銭も入れてくれないのよね。それに比べて、あなた、若いのに感心だわ」
何も入れたくて全財産を賽銭箱に入れたのではない。事故だ。出来れば返して欲しい。そう思った箕子であったが、このお稲荷さんの神様に言えるはずもなかった。
「せっかくだから、あなたに大サービスしてあげるわ。ねえ、あなた、一日だけ神様になってみない?」
「は?」
あまりにも唐突で、突拍子もない申し出に、箕子は間の抜けた言葉を返した。
「だから、あなたが一日だけ神様になるのよ!」
じれったそうに言う女の子の言葉を、箕子はじっくりと頭の中で把握できるまで繰り返した。
「私が神様に?」
「そう。神は偉大よ! 何でも出来ちゃうんだから!」
何でも出来る。箕子は想像してみた。そんな力を得たら、何に使おうか。そうそう、まず欲しかった洋服を買って、自転車も新しい物にして、妹と共同の部屋は一人部屋にし、目指している大学に合格できるよう学力もアップして……いやいや、忘れてならないのは俊雄だ。俊雄の彼女になること、それこそが箕子の一番の願いだ。
「なります! 私、神様になります!」
箕子は勢い込んで言った。女の子はその答えに微笑む。
「じゃあ、契約成立ね。では、私の手を握って」
女の子は社の屋根からふわりと飛び降りると、箕子に右手を差し出した。それを見て、箕子も手を差し出す。小さな手を握ったとき、箕子は身体が強く引っ張られる感覚を感じ、一瞬、立ち眩みがした。