それから一時間後、二人目の参拝者が現れた。
楢崎で嫌気が刺した箕子だったが、現れた人物を見て驚く。それは小野有紀だった。
有紀は秋の夜風も気にならないのか、まるでアロハ・シャツのような柄がプリンとされたノースリーブのワンピース・ミニを着ていた。高校生が着る私服にしては派手すぎる。まるでキャバクラのお姉ちゃんだ。
それにしても有紀はどうしてここへ来たのか。もう夜の十時を回っている。いや、時間よりも何よりも、有紀みたいな女子高生が稲荷神社に来ること自体、普通は有り得ないことだ。
有紀は真っ直ぐ賽銭箱の前まで来ると、気前よく、百円玉を投げ入れた。
『神様、お願いです。どうか中村くんが私の方を振り向いてくれますように!』
「!」
箕子はショックで声も出せなかった。有紀は箕子同様に、この稲荷神社の噂を聞きつけて、俊雄との仲をお願いに来たのだ。
有紀は他の男子との噂も絶えないほど遊んでいる女子高生だ。きっと俊雄のことも、ちょっと興味があって付き合ってみよう、という程度の考えで接近してきたのだと、箕子は少しタカをくくっていた。だが、有紀の願いは真剣そのもの。そんな彼女が積極的になれば、俊雄の心も傾くかも。
箕子はひるんだ。果たして俊雄に話しかけることもできない自分が、有紀に勝てるかどうか。
そして同時に、有紀を誤解して見ていた自分を恥じた。有紀は男性経験が豊富なただの遊び人ではなく、恋愛に真剣な普通の女の子なのだと。
箕子がそんな自戒をしていると、有紀は一度、顔を上げ、再び祈り始めた。
『それからC組の稲本箕子ってコ、邪魔なので、私と俊雄くんの前に現れないようにしてください』
「じゃ、邪魔ですって!?」
あまりな有紀の願い事に、箕子は目を剥いた。今までの反省など、どこかに吹っ飛んでしまう。
『──とりあえず、明日の練習試合に、彼女が顔を出しませんように。どうか、どうか、お願いします、神様!』
「じょ、じょ、冗談じゃないわよ! 私が中村くんを好きなことまで、あなたにどうのこうの言われたくないわ!」
箕子は有紀に聞こえないのも構わず、凄い剣幕で声を荒げたた。鼻先が触れ合いそうなほどの距離で喚く。もし、生身の体でこの場にいたら、有紀につかみかかっていたところだろう。
だが、知らぬが仏、有紀は自分勝手な願いを神様代理の箕子に祈った。
「あなたの願いなんか、誰が聞くものですか! あなたなんか、中村くんにあっさりフラれちゃえ! そして、あなたこそ二度と私の前に顔を出すな! この色ボケ女!」
代理とは言え、とても神様の言葉とは思えないセリフを吐いて、箕子は狂った番犬のように唸った。天罰として雷の一つでも落としたいところだが、どうやらあの神様が言っていたとおり、自分のために力を使うことは出来ないらしい。それが余計にもどかしく、箕子のイライラを募らせた。
「じゃあ、よろしくお願いします」
有紀は願い事をしてスッキリしたのか、投げキスまでして、意気揚々と引き上げていった。その後ろ姿を睨みつけながら、箕子は歯ぎしりする。
「元に戻ったら、ただじゃおかないからね!」