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神様はつまらない

−11−

「久しぶりの娑婆は面白いわねえ。人間の知恵も、なかなかバカにできないわ」
 そんなことを感心しながら、神様──もう一人の箕子は稲荷神社へ戻ってきた。きっかり二十四時間後。辺りは夕暮れの世界に変わっていた。
 神様である、もう一人の箕子に言いたいことが山ほどあったはずの箕子だが、早朝の俊雄の参拝以来、抜け殻のようになっており、何の反応も示さなかった。
「もしもーし?」
 もう一人の箕子は、無反応な箕子の目の前で手を振って見せた。その手が不意に弾かれる。
「何なのよ……」
「ん?」
 茫然とした様子で呟く箕子に、もう一人の箕子はなおも近づいた。すると、箕子の瞳が大きく見開かれる。
「何なのよ、私に神様の仕事を押しつけて、自分は人間社会をブラブラして! 私がどれだけつらい思いをしたか、あなた、知らないでしょ!? 何が神様よ! 何がお稲荷様よ! どうして私が神様の代わりをやらなきゃいけないの!? あなたの退屈しのぎのため!? 人間をバカにしないでよ! あなたたち神様なんか、人間がいなければ存在している意味もないんでしょ!?」
 箕子は一挙に怒りを爆発させた。ヒステリックに叫ぶ。涙も出た。ここまで癇癪を起こしたのは久しぶりだ。
「私は人間よ! 神様じゃない! どうしてドラッグ・ストアのオヤジの願いを聞かなきゃいけないの!? どうして私が小野さんに嫌われなきゃいけないのよ!? 強盗に襲われたお婆さんも助けられず、おまけに中村くんの好きな人まで知らされるなんて! 神様なんて、もうイヤだ! 私、元に戻りたい!」
 泣きながら訴える箕子に対し、もう一人の箕子からは表情が消えていった。
「神様をやって、面白くなかった?」
「面白くなんかないわよ! つまらないわ!」
「そう。じゃあ、しょうがないわね。元に戻りましょう」
 もう一人の箕子は、昨日、入れ替わったときと同じように、箕子の手を握った。
 フッ──
 一瞬、意識が遠のいた箕子であったが、次の瞬間には自分の身体を取り戻していた。立ち位置も入れ替わっている。今まで箕子がいた場所には、おかっぱの少女がいた。
 箕子は涙を手で拭って、神様である少女を見つめた。すると神様は細く長い息を吐き出す。
「ごめんなさいね。何か、とんでもないことになっちゃったみたいで」
 神様は箕子に詫びた。相手が小さい女の子の姿をしているだけに、箕子の方もようやく感情を落ち着け始めた。
「私こそ……言い過ぎたかも。神様って……結構、孤独で、淋しいんだね」
 すると神様は笑った。
「そう? まあ、時には退屈するけど、これでも楽しんでいる方よ」
 そう言う神様の言葉は、本当なのか気休めなのか、箕子には分からなかった。
 やがて神様の姿は幻のように、スーッとかすみ始めていた。
「でも、一日、人間として色々と遊べて、楽しかったわ。ありがとう、稲本箕子さん」
 改めて礼を言われ、箕子ははにかんだ。先程までヒステリックに叫んでいたことが恥ずかしくなる。
「もし良かったら、また、入れ替わってくれる?」
 神様は冗談とも思えぬ口調で言った。
「……考えておくわ」
「フフ。気が向いたら声をかけて。じゃあ……」
 神様の姿は消えた。


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