翌朝になっても、愛が写ったカレンダーをジッと見つめながら、オレはそのことで頭が一杯だった。とてもじゃないが、他のことなど手がつかない。
すると、不意に妙案が浮かんだ。
「そうだ、カレンダーだ!」
オレは自分のひらめきに手を叩いた。もう一度、このカレンダーを手に入れれば、あと一年、これまでと同じ生活が出来るはずである。そして、このカレンダーを入手するには──
「愛、ちょっと出掛けてくる」
オレは急いで上着を羽織り、マフラーで防寒すると、歳末セールで賑わう近所の商店街へと出掛けた。
人混みをかき分けながら進むと、あった。抽選会場だ。オレは近づいていって、模造紙にマジックで書かれた景品リストを見る。
『特賞……特製カレンダー』
その文字を見たとき、オレはその場で小躍りしたくなるくらい喜んだ。今年も、あのカレンダーが用意されているのだ。
だが、まだ安心するわけにはいかない。くじ引きで、そのカレンダーを当てなくてはいけないのだ。
オレは一旦、抽選会場を離れると、商店街のお店で買い物をした。まずは抽選券の入手である。それがなくては始まらない。特に必要な物があったわけではないが、あれこれと買い込んだ。
手に抱えきれないほどの買い物をし、オレは再び抽選会場へ戻った。手元の抽選補助券は百枚。つまり、十回、抽選器を回すことができるわけだ。この百枚を入手するのに、かなり痛い出費ではあったが、そんなことは言っていられない。この抽選補助券百枚とオレの右腕に、今後の人生がすべてかかっていると言っても過言ではないのだ。
オレは抽選会場のおねえさんに抽選補助券をすべて渡した。
「はい、百枚ですので、十回ですね。では、こちらでどうぞ」
オレは抽選器の前に立った。くじ引きでこんなに緊張したのは、生まれて初めてだ。
オレは手が震えているのを感じながら、抽選器のハンドルを握った。祈りながら時計回りに回す。
ガラガラッ……コロン!
出てきたのは──
「残念! 赤はハズレです!」
おねえさんは明るい声でオレに告げた。そのとき、オレはとても悔しい顔をしていたのだろう。お姉さんの表情がサーッと引いていくのが見えた。だいたい、残念賞なんだから、それを明るく言うなんて、デリカシーに欠けている。
「つ、続けてどうぞ」
おねえさんに促されなくたって分かっている。オレは気を取り直して、抽選器を回した。
しかし、幸運の女神はオレを見放したのか、回しても回しても出てくるのは残念賞の赤玉ばかり。ついに抽選は残り一回になってしまった。
「黄色……黄色……黄色……」
心の中の願いは、口にまで出てしまっていた。抽選会場の役員たちは、オレの異様な気迫に沈黙している。
オレは抽選器のハンドルを握ったまま、念を込めるようにひたすら祈った。
「黄色……黄色……黄色……黄色……黄色ォ!」
ガランガラガラッ……コロッ!
抽選器が持ち上がりそう勢いで、オレはハンドルを回した。そして──
「おおあたりぃ〜っ!」
いささか誇張したような言い回しで大声を発すると、抽選会場のオヤジは使い古した大きなハンドベルをここぞとばかりに打ち鳴らした。どうやら、オヤジの出番はこれだけのようである。
だが、オレはその音と声に負けないくらい奇声を上げていた。
「よっしゃーぁ!」
はた目から見れば、たかが一本のカレンダーが当たったくらいで、こんなに大喜びするのは異常だと思うだろう。しかし、オレにとっては年末ジャンボ宝くじで当選することよりも嬉しい瞬間だった。
これで来年もカレンダーの女性たちと一緒に暮らすことが出来る。
オレはおねえさんから特製カレンダーを受け取ると、足早にアパートへ帰った。出迎えた愛が、オレが抱えていた荷物を見て、目を丸くする。
「信二さん、どうしたんですか、こんなに買い込んで?」
オレは顔がゆるみっぱなしだった。確かに来月の生活にも影響する出費だったが、カレンダーが手に入ったのだから言うことなしだ。
オレは荷物を下ろすと、いとしの愛を抱き寄せた。
「あっ、信二さん、何を……?」
「愛、さあ、こっちへおいで」
と言いながら、オレは赤いセーターの上から愛の胸を揉みしだいた。愛が恥ずかしそうな顔をする。もう何度もオレに抱かれ、体の隅々まで知り尽くされているというのに、その反応はいつも初々しさを忘れない。それがまた男心をそそるのだ。
オレはこたつの横に愛を寝かせ、セーターをたくし上げた。愛が身をよじらせる。
「ダメです、信二さん。まだ、お昼なのに〜」
「いいんだよ、愛。今日が最後なんだ。いっぱい二人で愛し合おう」
オレはそう言って、困ったような顔をしている愛にキスし、体を重ねていった。