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◆突発性競作企画第15弾「世界の名言」参加作品◆

ロミオとジュリエットは結ばれるのか?

−3−

 夕暮れの公園で、帰宅途中の深雪は幹生を見つけた。
 小さな公園には様々な児童遊具があるが、遊んでいる子供たちはおらず、今は深雪の方に背中を見せてブランコに腰掛けている幹生しかいない。深雪はなるべく足音を立てないようにながら、ブランコへ駆け寄った。
 キィィィッと、いきなり隣のブランコが揺れるのに気づき、考え事をしていた幹生はハッとした。隣では飛び乗った深雪がブランコを立ち漕ぎしている。幹生は呆気に取られた。
「懐かしー、ブランコ! 昔はよくこうやって遊んだわね」
「いい歳した高校生が何やってんだよ?」
「いいじゃない、たまには。そーれっ!」
 深雪は体全体で反動をつけると、さらに大きくブランコを漕いだ。振幅が百五十度にはなる。
 その横で幹生は膝の上に肩肘をつきながら、ブランコに興じる深雪を眺めた。
「そう言や、お前、小学校の頃から女だてらに、そうやってパンツを見せながらブランコ漕いでたっけ」
 バッ!
 深雪はブランコから跳んだ。そして、スカートのお尻を押さえながら着地する。キッと振り返って、幹生を睨んだ。
「どこ見てんのよ?」
「勝手に見せびらかしたんだろ」
 幹生は素っ気なく言った。
 メガホンがあれば、それで幹生の頭を殴ってやりたいところだが、残念ながら凶器は部室へ置いてきた。代わりに深雪は、幹生の前に仁王立ちする。
 幹生がフッと顔を上げた瞬間、グーにした深雪の両拳が頭を挟み込んだ。そのままこめかみをグリグリと抉る。
「喰らえ、うめぼしー!」
「ぎゃああああああっ!」
 深雪の拷問に幹生は悶絶した。本気になって深雪の両腕をひっぺがす。
「お前は小学生かぁ!」
 容赦ない攻撃を加えてくる幼なじみを幹生はねめつけた。思わずハァハァと呼吸が荒くなる。深雪はといえば、ちょっぴり仕返しが出来て満足のようだ。再び隣のブランコに座った。
「ところで幹生。珠莉とうまくいってないの?」
 深雪は唐突に尋ねた。幹生はぷいっと横を向く。
「あんた、男なんだから、もっと彼女を安心させてやりなさいよ。幹生にはもったいないくらいの娘よ」
「うるせえなあ。お前には関係ないだろ」
「関係大アリよ! 私は演出家なんだから! 主役二人の呼吸が合わなきゃ、文化祭の公演が成功するわけないじゃない! モヤモヤしたものを芝居に持ち込まないで!」
「チッ! 結局、芝居かよ。お前の頭には、それしかないんだな」
「他に何があるって言うのよ?」
「……もういい」
 幹生はブランコから立ち上がった。そして、そのまま帰ろうとする。その背中へ深雪が声をかけた。
「ねえ、まさか本当に珠莉のこと、嫌いになったんじゃないでしょうね?」
 幹生は立ち止まった。振り向かず、両手をズボンのポケットに突っ込む。
「……そんなことねえよ」
「じゃあ、何なの? 何がいけないのよ?」
「いいから、オレのことはほっといてくれよ」
「そうはいかないでしょ! あんたと珠莉をくっつけたの、私なんだから!」
「それが余計なお世話だって言うんだよ!」
 つい声が大きくなって、幹生は深雪を振り返った。最近、稽古以外では見たことのない真顔に、深雪はハッとする。
「どうして、そう、勝手なことをすんだよ? オレがいつ、江東と交際したいって言った?」
 深雪は少したじろいだ。
「だ、だって……幹生はああいうタイプの娘が好きでしょ? いつも言ってたじゃない。お前みたいながさつな女より、どこどこのクラスのなになにちゃんがいいって。その願いを叶えてやったんでしょ! それのどこがいけないのよ?」
「オレが誰を好きになろうと勝手じゃないか!」
「だから、幹生は珠莉が好きなんでしょ?」
「そ、それは……」
 幹生は口ごもった。深雪から視線を逸らす。
「他人のことなんかに構っている場合じゃねえだろ。お前はどうなんだよ? 好きなヤツとか、告白してきた物好きなヤツとか、いねえのかよ?」
 不意に尋ねられ、深雪もまた、答えに窮した。何でも話す仲だが、こういう話を幹生と二人でしたことはない。
 二人は夕焼けに染まる公園で立ち尽くした。
 やがて──
「『ロミオとジュリエット』って、結局、二人が結ばれない話だよな」
 と、幹生がぽつりと漏らした。えっ、と深雪が問い返す。
「ロミオとジュリエットは相思相愛だったけど、互いの家同士が対立していたり、連絡が行き違ったりして、最後には二人とも死んじゃう悲劇だろ? そういう風に恋愛って、ただ好きなだけでもダメになっちまうことがある。それって虚しくないか? 本当に好きな相手と一緒になれないなんて。オレはイヤだな。オレは自分の好きな相手とハッピーエンドになりたい」
「……言っとくけど、珠莉は本当に幹生のことが好きなんだからね」
「………」
「あんたは珠莉の彼氏なんだからね」
 それは深雪に言われなくても、重々、分かっているつもりだった。
 気まずくなった幹生は、今度こそ帰ろうとした。すると、また深雪が引き止める。
「幹生」
「何だよ?」
 面倒くさそうな幹生に、何かが投げつけられた。幹生は慌てて、それをキャッチする。それは部室に置いてきた『ロミオとジュリエット』の台本だった。
「明日の放課後も稽古するから。ちゃんと逃げないで来なさいよ!」
 深雪はそう言い捨てると、身を翻すようにして、走り去っていった。幹生は茫然と深雪の後ろ姿を見送る。
「まったく、逃げてんのはどっちだよ」
 台本を丸めて握った幹生は、それで首筋の後ろを叩きながら呟いた。


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