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WILD BLOOD

第1話 真夜中の出会い

−2−

 今度は男が目を見張る番だった。
 つかさはまるで女の子のようにしか見えなかった。身長は百六十センチくらい。体つきも華奢で、ルックスなんかあどけない少女のようだ。
「マジかよ!?」
 つかさはこのような反応に日頃から慣れていた。学校でも男子生徒にからかわれている。名前も「つかさ」なんて女みたいで、本人はあまり好きではなかった。
 男はまじまじとつかさを眺めていたが、それでも信用できないようだった。
「ホントに男かよ?」
「ホントです!」
「じゃあ、ちょっと調べさせてもらおう」
「なっ!? 何をするんですか!?」
 男がいきなり、つかさの股間に手を伸ばしてきた。
 つかさは反射的に男の手を払い、パンチを見舞った。今度はまともに男の顔面にヒットする。男は大きくのけぞって、後ろに吹っ飛ばされた。
「だぁーっ! いって〜っ!」
 ゴチンという後頭部に鈍い音をさせながらも、男はすぐに上半身を起こした。
 つかさは思い切り殴ってしまい、自分で驚いてしまった。慌てて、男を抱き起こそうとする。
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
「まさしく……」
「?」
 男は自分の右手を見つめながら、指をうごめかせた。
「まさしく、あの感触はチン──」
 ボカッ!
 つかさはもう一発、喰らわせた。
「人が心配してるって言うのに……! いいかげん、その指の動き、やめてください!」
 つかさは真っ赤になっていた。
「そんなに怒鳴るなよ。ちょっと確かめただけだろ?」
「そういう確かめ方しか出来ないんですか?」
「オレにはオレなりのやり方ってもんがある」
「すれ違いざまに、人の尻を触るのもですか?」
「まあ、男女の出会いの形は色々あるってことよ」
「だから、ボクは男ですって!」
「気にするなよ。オレは男でも女でも、処女ならいいんだ」
「そっちが良くても、こっちはそうもいきません!」
「つれないヤツだなぁ」
「そういう問題じゃないでしょ」
「フッ、気に入ったぜ」
 男はそう言って右手を差し出した。助け起こせってことだろう。
 つかさは男を立たせた。
 男はズボンの埃を払うと、ニッとつかさに笑顔を見せた。
「自己紹介しておこう。オレは仙月明人<せんづき・あきと>。アキトって呼んでくれ」
 何をいきなり、と思ったつかさだったが、根が素直な性格なので、こちらも会釈を返す。
「ボクは武藤つかさ」
「つかさ? なんか、ホントに女みたいだな」
 名前を初めて聞いた者は、皆、アキトと同じような反応を見せる。それはもう慣れっこのつもりだったが、どこかで心の傷がうずく感じがした。
「つかさは家、どこなんだ?」
「この先。古い道場がある家」
「ふ〜ん。よし、夜道は危険だからな、オレが送ってやろう」
 危険なのはアンタでしょ、と言ってやりたかったが、まるで昔からの友達のように接してくるアキトに、つかさは少しだけ警戒心を解いた。根は悪い人間ではないのかも知れない。それに暗い夜道を一人で歩くよりは心強かった。
 つかさは痴漢のアキトと一緒に並んで歩く羽目になった。
「ところでよ、つかさ」
 頭の後ろに手を組みながら、アキトが話しかけてきた。どうも黙っていられる性分ではないらしい。
「さっきのパンチは効いたぜ。それに最初の蹴りも鋭かった。どこで習ったんだ?」
「ああ。あれは昔、爺ちゃんに習ったんだ」
「お前の家って言う道場でか?」
「うん。もっとも今は爺ちゃんも死んじゃって、婆ちゃんと二人暮らしだけど」
「ふ〜ん」
 つかさは思わず、自分の拳を見つめた。それをアキトが見咎める。
「どうした? 痛めたか?」
「ううん。ボク、人を殴ったことなんて、今までなかったから……」
 そう言うつかさをアキトは不思議なものを見るような目つきで眺めた。
「冗談だろ? だって、昔から道場で習ってたんじゃねえのか?」
「そうなんだけど……。人は殴ったことなかったんだ。だから、生まれて初めてだよ、人を傷つけたなんて」
「ふ〜ん。お前、見かけもそうだが、優しいんだな」
 そう言ってくれるアキトだったが、つかさは素直に喜ぶことは出来なかった。
「単に臆病なだけかも知れない……。ボクには振るうべき拳があるのに……。学校でも婆ちゃんの言いつけで空手部に入ってるんだけど、先輩や同級生からは笑われているよ。お前は外見も女っぽいけど、中身も女みたいだって。だから、ダメなんだろうな」
 初めて会った人間にこんな事を話しているなんて、つかさ自身、意外だった。今まで自分の胸の内だけにしまってきたことだ。きっと周囲の人間たちは、そんなつかさの葛藤を知りもしないだろう。だが、アキトには自然に話せてしまっていた。まるで古くからの親友のように。
 アキトはそんなつかさの背中を思い切りしばいた。思わず、つかさが前につんのめる。
「気にするな。お前の力は、使うべき時が来ればちゃんと使えるからよ。さっき、オレを吹っ飛ばしたじゃないか。つかさに実力があるのは証明済みさ。お前は強い。そんじょそこらのヤツよりもな」
 例え気休めでもアキトの言葉は嬉しかった。これまで肉親以外には女の子のようにしか見られていなかった自分が、初めて認められた気がした。
「あっ、そこがボクの家だよ」
 いつの間にか暗闇のスポットを抜け、家の近くまで来ていた。左手に古びた門構えの屋敷が見えてくる。つかさの祖父が開いていた道場だ。今は教える者もなく、門下もいない。
「ありがとう、アキト。送ってくれて」
 元はと言えば、アキトがつかさを痴漢してきたのだが、なぜだか感謝の言葉が口をついて出た。
「おう。じゃあな、つかさ。またな」
 アキトは右手を挙げると、くるりと踵を返した。
 つかさも右手で応え、家に帰ろうとする。
「なあ、つかさ」
 ふと、アキトが背中に声を掛けてきた。振り返るつかさ。
「なに?」
 月はアキトの頭上で輝き、その穏やかな表情を照らしていた。
「お前、人は殴れないって言ってたよな」
「うん。でも、キミを殴っちゃったけどね」
 つかさは少し後悔していた。やはり、どんな理由があろうとも、人を傷つけることは許されないことだと思う。
 だが、アキトは少しも気にかけていないようだった。
「オレを殴れたのにはワケがあるんだ」
「え? どういうこと?」
「お前は人は殴れなくても、他のものは殴れるのさ」
「?」
「つまりオレはさ──」
 アキトはニッと歯を見せた。顔に似合わず、尖った八重歯が覗く。いや、八重歯にしては、なんだか大きく見える──
「オレは人間じゃねえ! 夜に生きる闇の貴族、吸血鬼さ!」
 それは、乱杭歯!
 アキトが吸血鬼!?
 それを証明するかのように、アキトは突然、跳躍した。その高さたるや! 家々の塀を楽々と飛び越え、二階の屋根へ軽やかに着地した。もちろん、人間に真似の出来るものではない!
「またな!」
 アキトはウインク一つして見せると、次々と屋根に飛び移って、去っていった。
 つかさは呆然とそれを見送り、思わずポリ袋を落としてしまった。
 せっかくここまで運んできた玉子が、グシャリと割れた。

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