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WILD BLOOD

第1話 真夜中の出会い

−4−

 放課後、朝練をサボったつかさは、案の定、先輩たちからジュースを買ってくるよう命じられた。いつもなら一年生数名で買い出しに行くのだが、今回は一人だ。それも部員二十名分なので、かなり重い。ポリ袋が手に食い込んだ。
 ようやく学校までたどり着いたとき、つかさは息も絶え絶えだった。華奢な体つきそのままに、体力がある方ではないのだ。九月の始めとはいえ、早くも秋らしい陽気になっていたが、これが真夏の暑い盛りだったら死んでいるところである。
 つかさの体力も限界に近かったが、缶ジュースを入れたポリ袋も限界だった。コンビニの兄ちゃんが手を抜いたらしく、二十本もの缶ジュースは一袋にまとめられていたのだ。さらに悪いことに、もっと大きな袋ならば耐えられたろうに、二十本がギリギリ入る大きさの袋であった。口のところから缶がこぼれかけている。
 つかさが、よいしょっと袋を持ち直しかけた途端、一本が転がり落ちた。それを拾おうとする。すると今度は袋が地ベタにつき、ゆるんだ袋の口からさらに数本がこぼれてしまった。まったく散々である。
 つかさはため息をつき、一本一本、拾い集めた。
 ひい、ふう、みい、よぉ……十八、十九……。一本足りない。
 つかさは残り一本を探した。
「はい、これ」
 唐突に缶ジュースが一本、つかさの目の前に差し出された。顔を上げる。
「あっ、ど、どうも」
 途端、それしか言えなくなった。
 つかさにジュースを差し出したのは、清楚な感じがするセーラー服姿の女子生徒だった。聖母のような微笑みを向けてくれる。
 つかさはその女子生徒を知っていた。二年生の待田沙也加である。琳昭館高校のマドンナと言われ、多くの男子生徒のあこがれだ。もちろん、つかさもその一人だった。
「大変ね、買い出し」
 沙也加はそう言って、つかさに拾った缶ジュースを手渡してくれた。受け取るときに沙也加の指に触れ、脈拍が一気に跳ね上がる。
「あ、あ、あ、ありがとうございます……!」
 緊張でろくにろれつが回らない。
 そんなつかさを沙也加は可愛い後輩だとでも思ったのだろうか。
「空手部?」
「は、はい!」
「そう。頑張ってね」
 沙也加はそれだけを言うと立ち去っていった。去り際、振り返ったときの笑顔が素敵だった。
 つかさはそれを呆然と見送り、呆けた表情で立ちつくしていた。
「ふーん、つかさはああいう女が好みか」
 いきなり背後で声がし、つかさは飛び上がって驚いた。
「わぁっ!」
「よおっ!」
 アキトだった。赤いシャツに真っ黒なズボン姿である。思い切り部外者だと分かる格好だ。どこから入り込んだものやら。
「な、なな、何でここに!?」
「やっぱりここの高校だったんだな。そうだと思ったぜ」
 答えになっていない。アキトは沙也加が去って行った方向を見やった。
「それにしても今の女、えらいべっぴんだったな」
 好色そうな目つきのアキトに、つかさは危険なものを感じた。
「だ、ダメだよ、あのヒトは! 絶対にダメッ!」
 アキトの前に立ち塞がるようにして、つかさは精一杯に睨んだ。
「つかさもやっぱり男だなぁ。あのべっぴんにホの字とはね」
 アキトはさも愉快そうに笑った。からかわれて、つかさは真っ赤になる。
「いいだろ、ボクのことはどうでも!」
「まあ、安心しろって。オレが興味あるのは、男でも女でも処女だけだからよ」
「それは──」
 どういう意味だ?
「それに──」
 アキトは素早くつかさの後ろに回り込んでいた。「オレにはつかさがいるしよ」
 つかさの腰にアキトの腕が回される。
「や、やめろ、このドラキュラ!」
 つかさは慌てて、アキトの魔の手から逃れた。
 ドラキュラとののしられて、アキトが肩をすくめる。
「ドラキュラは個人名だ。どうせなら、ヴァンパイアって呼んでくれ」
「だ、第一、ドラキュラは夜に活動するもんじゃないのか!?」
「だから、ヴァンパイアだって」
「どっちだっていい。答えろ!」
 つかさは思わず攻撃の構えを取っていた。血を吸われては大変だ。
 アキトはそんなつかさを見て、ニヤニヤするばかりである。
「まあ、どこまで吸血鬼に関して知識があるかは知らないが、そのほとんどはオレには通用しない。なぜなら、オレは中国生まれの吸血鬼だからな」
「中国生まれ?」
 そう言えばアキトの顔は西洋人の顔立ちではない。顔の作りは整って、鼻も高いが、どう見ても日本人というか東洋系にしか見えなかった。
「ああ。吸血鬼ってのは、何もヨーロッパばかりじゃないんだぜ。むしろ中国の方が歴史は古いんだ。秦王朝の頃の文献にも載ってるしな」
 そんな話は初耳だ。
 だが、昨夜見せられた超人的な跳躍力、そして禍々しい乱杭歯などから、アキトが普通の人間だとも考えにくい。
「オレたち中国の吸血鬼は、陽光の下でも生きていけるのさ。ヨーロッパの吸血鬼たちが苦手なニンニクも十字架も無意味。オレなんか、ニンニク・ラーメン好きだぜ。クリスチャンじゃねーけどな。まあ、胸に杭を打ち付けられたら、さすがにただじゃすまないだろうけどよ」
「だ、だ、だけど、人の生き血を吸うってのは本当なんでしょ?」
「まあな。だが、毎日吸っているわけじゃない。吸いたい欲求はあるが、我慢できないわけじゃないのさ。百年に一度だけ、オレたちの寿命のために吸う。だからって怪物扱いはしないでくれよ。人間だって生きるため、食うために、他の動物を殺すじゃないか。それと同じだ」
「そんなことを言って! このところ女性を襲っているのは、キミじゃないのか!?」
 つかさは今朝の疑問をぶつけてみた。
「夕べもそんなことを言ってたな。言ったろ? オレは昨日、引っ越してきたばかりだって。そんな事件を起こせるわけがない」
「………」
「信じないのか?」
「いや……」
 つかさは、ふと、警戒心を解いた。なぜだろうか。自分でもよく分からなかったが、アキトからは人間に敵対するような邪気が感じられなかった。それは勘という根拠のないものであったが、疑うことが苦手なつかさにとっては、それだけで充分だと言えた。
「やっぱりキミは悪い人には見えない。信じるよ」
「おお! 我が友よ! それでこそ親友だ!」
 アキトは大げさに抱きついてきた。だが、それが彼の手口だったとは。
 アキトの手は、つかさのヒップを撫で回した。つかさが怖気立つ。
「や、やめろーっ!」
 つかさは全力でアキトの腕をふりほどいた。買い出しで全ての体力を使い果たしたかと思ったが、人間、底力というものはあるものだ。ゼエゼエと荒い息をつく。
「まったく、つれないヤツだなぁ」
 アキトに反省の色など、微塵もなかった。
「そういう問題じゃない!」
 つかさは頭痛を覚え、前言を取り消したくなってきた。

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