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WILD BLOOD

第1話 真夜中の出会い

−5−

「つかさ、どうしたの?」
 そんなつかさに声をかけてきた者がいた。薫だ。
 薫は部活の途中なのか、剣道着姿のままで、手には竹刀を持っていた。
「い、いや、別になんでも……」
 まずいところをまずい人間に見られてしまったものだ。
「そっちは誰? 部外者?」
 薫はアキトを見咎めて言った。
「これは、その……」
 つかさが言いよどんでいると、アキトの方から前にしゃしゃり出た。
「オレは仙月明人。つかさのダチさ。アキトって呼んでくれ。よろしくな」
 赤いシャツを着た人間が学校にいること自体、胡散臭いが、アキトはいけしゃあしゃあと自己紹介して見せた。薫も面食らった感じだ。
 つかさは話題を変えようと思って、あわてふためいた。
「そ、そういう薫こそ、部活どうしたの?」
「私? 私は今、足首を捻挫したコを保健室に連れていった帰りよ」
「あ、そう」
 じゃあ、何で竹刀を手放さないの?
 その肩の辺りに担ぐようにしたポーズが怖いぞ。
 だが、初対面のアキトはそんな薫のオーラにも気がつかないのか、平気で近づいた。そして、何やら鼻をヒクヒクさせて、薫の周囲の匂いを嗅ぐ。
「な、何よ……」
 当然、薫は警戒するわけで。
「ねえ」
 アキトはにこやかに言った。「キミ、処女でしょ?」
 バシッ! ビシッ! ガツッ!
 目にも留まらぬ早業で、薫の竹刀が打ち下ろされた。もちろん、アキトに避ける暇もない。頬を往復で張られ、最後は渾身の突き。竹刀の切っ先でアキトの口が塞がれた。
「今度、そんな口を利いたら、こんなもんじゃ済まないわよ! いいわね!」
「もが……もがもが……!」
 薫は殺気を帯びた眼でアキトを睨み付けると、竹刀を引いた。アキトは思わず咳き込んだ。
 つかさはどうしていいのか分からず、おろおろしていたが、薫の紅潮した表情を見て、余計に何も言えなくなった。薫がつかさと目線を合わせかけて、慌ててそらす。
 薫は機敏な動作で踵を返すと、道場の方へ足早に帰っていった。その後ろ姿を見送る二人。
「あー、顎が外れるかと思った」
 両手で顎の関節を撫でるアキト。
「キミが悪いよ」
 同情の余地なし。
「フッ、オレは何千の女に咥えさせてきたが、咥えさせられたのは初めてだ」
「だから、下品だって」
 つかさは益々、頭が痛かった。
「彼女の名前は?」
「知ってどうするの?」
「いつかモノにしてやる!」
「殺されるよ」
 アキトが吸血鬼で不死身だということを差し引いても、薫にかかったら無事では済まないだろう。
「つかさ、彼女が向かった場所に案内しろ」
「え? 道場に?」
「そうだ。学校見学だ」
 アキトに何を言ってもムダみたいなので、つかさは大人しく道場へ案内した。
 琳昭館高校は球技よりも、剣道や柔道、そして空手と言った武道系の部活を重んじる学校である。であるから、道場は複数の部活が同時に使えるよう、体育館に匹敵するくらいのものが整備されていた。
 道場の近くまで行くと、怒号にも似た掛け声が飛び交っていた。
 つかさはまだ買い出しの途中であったので、空手部が練習している道場に顔を出しづらかった。もし缶ジュースを持っていけば、練習に戻らなくてはならないだろう。だが、アキトを一人にして、騒ぎを起こされるのは賢明ではなかった。
 自分では道場を覗かないようにしながら、アキトに中を見せた。
「おっ、やってる、やってる!」
 アキトが覗くと、ちょうど薫が面を着けているところだった。練習試合をするらしい。
「何だ、相手はでっかいネエちゃんみたいだな」
 アキトが実況中継よろしく伝えてくれる。
「薫の相手は同じ一年生じゃ務まらないんだよ。三年生は受験で退部している人が多いから、多分、二年生でしょ」
「ふーん」
 薫は相手と対峙すると、一礼した。
「お願いします!」
 蹲踞<そんきょ>の姿勢から両者立ち上がり、
「始め!」
 の号令がかかると同時に、薫は突進した。出方を窺うなどというセオリーは持ち合わせていないようだった。
 相手はその迫力に圧されたものか、思わずたじろいだように見えた。
 弱気は隙につながる。
 薫の竹刀が振り下ろされた。
「メェーン!」
 瞬殺。乾いた竹刀の音が道場に響き、審判の手が挙がった。
「一本!」
 わああっと歓声がわいた。おそらく薫と同じ一年生のものだろう。
 両者、再び一礼してから、薫は面を脱いだ。ふぅ、と大きく息を吐き出す。額に汗が光っていた。

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