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「すげぇ! 勝っちまったぞ!」
アキトは興奮したような声を出した。
一方のつかさは、さも当たり前のように、
「薫に勝てる女子なんて、ウチの学校にはいないよ。男子を含めたってどうだか」
「ふーん、ずいぶんと詳しいんだな」
口調には少し冷やかしも含まれていたが、つかさは気にした様子もなかった。
「まあね。同じクラスだし、向こうは学校の有名人。ボクなんかとは大違いさ」
冷めたようなつかさの答えに、アキトは優しい目線を投げた。
「なるほど、そういうことか」
「何が?」
「いや、こっちの話さ」
アキトがつかさから目線を外すと、少し離れた位置にいた男子生徒に気がついた。その男子生徒は一眼レフ・カメラを手にし、体育館の中を撮っているようだった。
「おい、つかさ。あいつは?」
アキトが顎をしゃくった。
「ああ、隣のクラスの大神くんじゃないかな? 彼、写真部だから」
「ほう、写真部ね」
「とは言っても、実質は新聞部の方が活動が活発で、写真部は廃部同然だって話だけどね」
そんな会話をしているうちに、大神がアキトたちの方に気がついて、そそくさとその場を立ち去っていった。
それを見ていたアキトが、
「臭いな」
と呟いた。つかさには何の事やらさっぱり分からない。
「何が?」
「イヌ臭いんだよ」
「イヌ?」
「ああ」
そう言ってアキトは、大神の後を追うようにして歩き出した。勝手に学校の中を歩き回せるわけにもいかないので、つかさもそれに続く。
大神は尾行されていることを知ってか知らずか、一度も振り返ることなく歩き続ける。
一方のアキトも慎重に行動しているようだった。これだけ真剣なアキトは初めて見る。
大神が角を曲がった。見失わないよう、アキトは曲がり角まで足を早めた。そして、こっそりと様子を窺う。
「! しまった!」
思わずアキトは舌打ちした。
「どうしたの?」
つかさは尋ねてみる。アキトは歯噛みしていた。
「巻かれた」
「え?」
つかさも首を覗かせると、大神の姿は忽然と消えていた。ここから五十メートルくらい一本道が続くというのに。
「ヤツめ、こっちに気がつきやがったか?」
「大神くんがどうかしたの?」
「ヤツは臭い」
「それはさっき聞いたって」
「そう言えば、女性を襲う事件がどうのこうの言ってたな」
「ああ、それは──」
つかさはかいつまんで、抱きつき魔の事件を話した。するとアキトの眼が鋭く光った。
「そいつは益々、臭いな」
「またイヌの話?」
「──つかさ、ヤツが行きそうな場所に心当たりはないか?」
つかさは少し考えてから、
「写真部の部室かな。現像とかなら暗室に行くだろうし」
「そこだ。案内しろ」
つかさはアキトがどういうつもりなのかさっぱり分からなかったが、断ることも出来ず、校舎を挟んで反対側に位置する写真部の部室へ向かった。
そこは安っぽいプレハブ小屋で、運動部の更衣室や零細文化部の部室としてあてがわれていた。周辺はろくな掃除もされておらず、枯れ葉や捨てられた紙コップなどが散乱し、また校舎の北側ということもあって陽が当たらず、うらぶれた感じがする。その一角に写真部の部室はあった。
アキトはつかさにノックするよう促した。用事があるのなら自分でして欲しいものだとは思いつつ、つかさはドアをノックした。
二回、三回……。
だが、中から返事はなかった。
「誰もいないんじゃない?」
部員もろくにいない部なのだ。誰もいなくても不思議じゃない。
「開けてみろ」
だから命令するなよ、と反論もできないまま(情けない!)、つかさはドアノブに手をかけた。
ギギギギギィ……!
開いた。
つかさはどうするべきかアキトを振り返ったが、答えは顎をしゃくるだけ。入れと言うのだ。
「失礼しまぁす」
弱々しく声をかけながら、つかさは真っ暗な部室の中に足を踏み入れた。
明かりと言えば、ドアから差し込む外光だけであったが、それでも狭い室内に誰もいないことを確認するには充分だった。
それにしても、部室は散らかし放題に荒れていた。外同様、長らく掃除をしていないらしく、床や机には埃が積もっている。ただ、入口から右手奥の暗室──今はカーテンが開けられているが──までの床面は、比較的、汚れは目立たない。とりあえず現像にだけは大神などの部員が訪れて、使用しているらしいと分かった。
「大神くん、いないけど?」
「そうか」
アキトはそう言って、自分も部室に入ってきた。
バタン!
突然、ドアが閉められた!
つかさの顔に緊張が走る。
まさか、大神に閉じこめられた!?
と同時に、つかさへ大きな影が覆い被さってきた。
「うわあああっ!」
つかさはビックリしたのも手伝って、埃の積もった床に倒れた。
そのつかさにのしかかっているのは──!
アキト!(おいおい!?)
「ぐっふふふふっ、ようやく二人だけになれたな、つかさ」
好色そうな笑みを見せるアキト。
つかさは突然のことに声も出ない。
「オレはこれまで欲しいと思ったものは、みんな手に入れてきたのさ!」
アキトの右手がつかさの下腹部をまさぐった。カチャカチャとベルトを外しにかかる。
「な、何を!?」
つかさはおびえた。
「もち、お前の処女をいただく!」
舌なめずりするアキト。
ズボンのジッパーが降ろされた。
「ふ、ふ、ふざけるなぁーっ!」
つかさは右ヒザでアキトの股間を蹴り上げた。キーン! 直撃!
「うおっ!?」
アキトは目を剥く。ダメージ大だ。吸血鬼の急所も、やはり同じだったのだ!(苦笑)
ひるんだアキトに向かって、つかさは上半身を起こしながらアッパーカットを喰らわせ、その長身をはねのける。
「ぐあっ!?」
トドメはくるりとアキトの方に両足を向け、屈伸を応用した必殺キック! それをまともに腹部に受けたアキトは宙を飛び、身体をロッカーに叩きつけられた。
ドンガラガッシャン!
派手な激突音と膨大な埃を舞い上がらせ、アキトは床に倒れ込んだ。
つかさはハアハアと荒い息をつきながら、立ち上がって、脱がされかかったズボンを直した。
「まったく油断も隙もあったもんじゃない!」
つかさは顔を真っ赤にさせながら、好色な吸血鬼をねめつけた。
「うぐっ、ぐっ、ううっ……」
アキトは股間を押さえながら、涙目で床を転がり回った。情けない姿である。
「今回という今回は許さないからね!」
つかさは憤怒の形相で、ポキポキと指を鳴らした。つかさを知る他の人間も見たことのない、ぶちギレ状態だった。
「ま、待て……こ、これを、見ろ……!」
アキトは尻だけを持ち上げた腹這い状態のまま、床に散乱した写真を示した。どうやらアキトが激突した拍子にロッカーの扉が開いて、入っていた写真をぶちまけてしまったらしい。
そんな言い訳でアキトを許すつもりはなかったつかさだが、何気なく写真に目がいった。
それは遠くから若い女性を狙った写真だった。女性の顔の向きはこちらを意識していないような感じで、明らかに盗み撮りをしたものだと分かる。他に散乱している写真を見ても、どれも同じようなものばかり。しかも美人が揃っていた。琳昭館高校の女子生徒もいれば、どこぞの大学生やOLらしい女性の写真もある。そして何より気になったのが、写真には全て赤いマジックでバッテン・マークがつけられていた。
「これは……?」
つかさは写真を拾い上げ、アキトの方を見た。
「連続抱きつき魔の犠牲者……かもな」
「!」
つかさは扉がひらいたままのロッカーに近づいた。ロッカーの名札には『大神』とあった。
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