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「ウォォォォォォォォッ!」
遠吠えが夜気を震わせた。
大神は狼男に変身したのだ!
「キャアアアアッ!」
その姿を見た女子高生は、悲鳴を上げて失神した。
つかさも思わず後ずさってしまった。吸血鬼の次は狼男とは……。
「ようやく正体を現したな、イヌっころ!」
アキトはなぜか満足げだった。彼の血も騒いでいるのだろうか。
「さっきから黙って聞いていれば、イヌ、イヌと言いやがって……」
大神は女子高生をその場に寝かせると、アキトをねめつけた。顔がオオカミになっても人間の言葉が喋れるから不思議だ。
「オレは……オレは……」
身を震わせる狼男。つかさは危険なものを感じた。
「オレはオオカミだぁーっ!」
大神はアキトへ突進した。その俊敏さは目にも止まらない。
「へっ!」
アキトは余裕の表情だった。
飛びかかる狼男に対し、アキトは右手を伸ばしただけ。だが、その右手は正確に大神の頭を鷲掴みにした。
ガシッ!
大神の眼が見開かれる。信じられないという表情──いや、オオカミがそういう表情をできればの話だが。
メキッ!
イヤな音がした。大神の頭蓋骨から響いた。
「トロくせェゼ!」
アキトは残忍なまでに笑みを浮かべた。これではどちらが悪者だか判別できない。
「キャウウウン!」
大神はイヌの悲鳴のような声をあげて、その場を転げ回った。相当なダメージのようで、狼男という怪物でなければ瞬殺されていたかも知れない。
そんな大神にアキトは、容赦なく蹴りをくれた。
ボゴッ!
またもや七転八倒の苦しみを味わう大神。
「ぐ……ぐ……ぐ……人間にしては……やりやがる……」
大神は負け惜しみの言葉を必死に絞り出す。だが、つかさが見てもアキトと大神の実力の差は歴然だった。
「誰が人間だと?」
アキトの眼が、すっと細くなった。そして、乱杭歯を覗かせる!
それを見て、ようやく大神は相手の正体を悟ったようだった。見る見る顔面蒼白に──いや、オオカミもそうなるなら、だけど(笑)。
「お前は……いや、あなた様は……」
口調まで改まった。
「そう、闇の貴族、ヴァンパイアだ!」
これで黒いマントがあれば満点だったろうが、それでもその迫力たるや、本物にしか出せぬものであった。バックに満月を背負う。
「バカな……」
大神はヴァンパイアにケンカをふっかけたことを後悔したのだろう。
一部の伝承などによれば、吸血鬼がオオカミたちを伴うことがあるという。つまり主従の関係は昔から成り立ち、モンスターの中でも格が違いすぎるのだろう。
オオカミの目線がさまよっていた。なんとかして、この場を切り抜けなくては……。
アキトは地面に寝かされた女子高生に近づいた。
「まったく、自分の欲望のままに動きやがって。しかも、由緒ある狼男が痴漢の真似事とは情けねえ。おまけにオレにまで嫌疑がかかったじゃねえか。人間社会で暮らすなら、それなりに大人しく暮らすんだな」
自分もつかさの尻を撫で、写真部の部室で押し倒しておいてよく言う。つかさにしてみれば、どっちもどっちだ。
「どうだ、つかさ。これでオレが無実だって分かったろ?」
アキトはつかさの方を振り返って言った。つかさは肩をすくめ、うなずく他はない。
そのとき、大神の眼が光った。
武藤つかさ。クラスは違うが、大神もどんな生徒か知っている。まるで女の子のような外見と同様、争い事が苦手で、男子生徒たちからはからかいの対象となっている。背も低く、腕もか細い。突然、現れたヴァンパイアと行動をともにしているのは気になったが、彼を人質に出来れば形勢逆転できるのでは……。
アキトは女子高生の方に気を取られている。
チャンスは今だ!
「ガァァァァッ!」
大神はつかさに襲いかかった。
「!? つかさぁ!!」
初めてアキトの表情が強張った。
つかさの眼前に迫る狼男の牙。
考えるより先につかさの身体が動いていた。
腰を落とし、呼吸を整える。体内で≪氣≫を練った。
それも一瞬──
大神の牙が届く寸前、つかさは拳を突き出していた!
「破ッ!」
その手が光ったように見えた!
それは発勁。体内で練った≪氣≫を相手に叩きつける、古武道の達人のみが会得できる奥義だった!
「キャイイイン!」
大神は発勁をまともに喰らい、再び悲鳴を上げた。二度も相手の実力を見誤ってしまったのだ。
大神の身体は宙を舞い、電柱に叩きつけられた。その威力たるや、コンクリートの電柱が揺らぐほどであった。
満月の狼男。だが、不死に近い肉体を持ちながらも、その自信は粉々に砕けてしまっていた。そして──
ボキッ ボキッ
指を鳴らしながら近づくアキトの殺気立った表情。その影が大神の上にのしかかるように伸びた。
「オレの……オレの……オレのつかさに手を出すとは、いい根性してるじゃねえか!」
誰が、オレのつかさだ?
「ひ……ヒィィィッ!」
「ブッ殺してやるッ!」
ドガッ! グシャ! ベシャ!
バキバキバキバキッ! バリバリバリバリッ!
「お、お助けを〜っ!」
「許すか!」
凄惨な地獄絵図は、それからしばらく続いた……。
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