[←前頁] [RED文庫] [「WILD BLOOD」TOP] [新・読書感想文] [次頁→]
放課後、つかさは足取りも重く、道場へと向かった。自分が悪いとは言え、やはり気が重い。先輩たちのしごきは、容易に想像できた。
これで間主将がいれば、まだマシだったはずだ。主将も部員には厳しい人だが、今回のような場合、グラウンド三十周くらいで勘弁してくれるだろう。だが、坂田たちではそうもいくまい。きっと彼らが満足するまで、痛めつけられることだろう。
だが、今日も逃げてしまっては、それこそリンチに遭うかも知れない。つかさは意を決して、道場へ足を踏み入れた。
「押忍!」
精一杯の気合いを入れて、つかさは挨拶した。すでに道場には坂田を初めとした空手部員が勢ぞろいしている。
「来たな」
坂田は空手部なのに、なぜか竹刀を手にしていた。これで下級生たちをしごくのだ。
坂田とその取り巻きたち以外は、つかさを気の毒そうに見ていた。
「武藤はこっちへ来い。他の者は柔軟体操を開始!」
主将がいない今、空手部を仕切っているのは坂田だ。部員たちは大人しく柔軟体操を始めた。
「武藤、ブリッジしろ」
おどおどした感じのつかさに、坂田は命令した。仕方なく、つかさは仰向けに寝、両腕、両脚で身体を支えるようにしてブリッジを作った。だが、つかさは見た目からも分かるように、体つきは華奢で、腕力などがある方ではない。のっけから手足が震えた。
「それじゃ練習にならん」
坂田はそう言って、おもむろにつかさの腹に座った。重みにつかさは潰れそうになり、顔をしかめる。
「ちゃんと支えろよ! 全員の柔軟が終わったら、組み手の相手をさせるからな!」
坂田は竹刀を畳に叩きつけながら言った。その激情につかさばかりでなく、他の部員たちも震え上がる。
「お前ら! 声が出てねえぞ!」
坂田の怒声が道場一杯に響き渡り、部員たちから掛け声が出るようになった。その間も、坂田は貧乏揺すりをするようにして、椅子代わりになっているつかさを痛めつける。つかさの顔が苦痛に歪んだ。
その様子の一部始終を薫は道場の小窓から覗いていた。セーラー服から剣道着に着替えているところから、自分の部活を抜け出して来たと見える。
そのとき、薫は背後に気配を感じて、振り向き様に竹刀を振るった。
ピシャッ!
「てッ!」
竹刀は、こっそりと背後から忍び寄り、薫のヒップに手を伸ばしかけていたアキトの手を的確に痛打していた。アキトは打たれた手を振りながら、フーフーする。
「何しやがる!?」
「痴漢が居直らないでよ!」
まったくだ。
「クソ、いつか見てろよ。──ところで、つかさは?」
薫は小窓の方へ顎をしゃくった。アキトが覗き込む。その表情が見る間に厳しくなった。
「あの野郎……!」
「もう一度、言っておくけど、つかさのためにもアンタは出しゃばらない方がいいわ。つかさ自身が何とかしないと、ずっと同じことの繰り返しなのよ」
薫は諭すように言った。それに対して、アキトは鼻で笑う。
「お前だって部活を途中で抜け出すくらい、つかさが心配なクセに」
「なっ……! べ、別に心配するくらいはいいでしょ!」
薫は珍しく顔を赤くさせて、アキトに反論した。
アキトがからかいの言葉を口にしようとした途端、道場ではつかさが遂にブリッジを崩し、坂田の下敷きになった。
「バカ野郎!」
と、坂田はつかさを怒鳴り、竹刀でつかさの腹部を叩く。つかさは腹を抱えるようにして悶えた。だが、坂田は容赦しない。まだ畳の上で転がるつかさを、さらに竹刀で痛めつけた。
「ブリッジをやり直せ、武藤!」
竹刀は顔面にもヒットした。それを見たアキトがカッとなる。
「あの野郎、もう勘弁ならねえ!」
今にも道場へ殴り込みそうなアキトを、薫は必死に押しとどめた。
「ダメだったら! アンタがヤツらをぶちのめしたところで、どうなるってのよ!?」
「うるせえ! ダチがやられるのを黙って見てろって言うのか!?」
「これはケンカじゃないのよ! 部活動なんだから!」
「冗談じゃねえ! あんな体罰も部活動か!?」
「つかさを見なさい!」
つかさは再びブリッジを作るところだった。さっきよりも手足の痙攣がひどい状態だ。それでもつかさは大人しく、坂田の言うとおりにした。
「何でだよ、つかさ。お前がその気になれば、あんな野郎、簡単にぶちのめせるのに」
アキトはつかさの真の実力を知っていた。つかさは狼男でさえ一撃でぶっ飛ばせる古武道の技を身につけているのだ。それなのに人を傷つけられない優しさから、その拳を振るうことも出来ないでいる。それがアキトにとっては歯がゆかった。
「チクショウ! もう、我慢できねえ!」
アキトはそう言うと、薫の手を振りほどいて、校舎の方へ行ってしまった。薫は後を追いかけようかとも思ったが、つかさのことが気にかかり、その場に残ることにする。
つかさに歯がゆさを覚えるのは、薫にしても同じだ。薫も知っている。つかさの真の強さを。中学の頃から、つかさの家へ華道を習いに行く傍ら、亡くなったつかさの祖父とつかさが鍛錬に励む姿を見ている。だからこそ、つかさ自身でこの問題を解決して欲しかった。
アキトがどこかへ姿を消してから五分くらい経過しただろうか。
相変わらず道場では柔軟体操が続いており、同時につかさのブリッジも続行されていた。普通、ここまで念入りに柔軟体操をすることはない。だが、坂田はつかさを長く痛めつけるために、柔軟体操も長引かせているのだ。
つかさは限界に来ていた。自分の身体と坂田の体重を支えきることが出来ず、また潰れかけている。
そこへ校内放送が響いた。
『ピンポンパンポーン! あー、あー、ゴッホン! 一年A組の武藤つかさ君。一年A組の武藤つかさ君。校長先生がお呼びです。至急、校長室まで来てください。ピンポンパンポーン!』
その校内放送を耳にして、薫は訝しげな表情を作った。普段、放送部員や先生たちが流す声よりも、妙に作ったような声とつかさを呼び出す、このタイミング。きっと放送室に黙って忍び込んだアキトの仕業に違いない。
だが、道場の空手部員たちは、その校内放送を少しも怪しまなかったようだ(バカ?)。
「チッ、しょうがねえな。おい、武藤、行って来い」
坂田はつかさからどいて、命じた。つかさはどさりと、その場に崩れる。喘ぐように荒い息をついた。
坂田はそんなつかさに追い討ちをかけるように、竹刀で横っ腹を突いた。
「おい、早くしねえか。ただし、用事が終わったら、ちゃんと戻ってくるんだぞ」
坂田は忘れずに脅しをかけ、つかさを立たせた。とりあえず、一時的にでもこの場を逃れられる。つかさはよろよろと立ち上がり、道場の外へ向かった。
「よし、他の者も柔軟終わり! 次は型の練習だ!」
「押忍!」
空手部員は整然と並ぶと、左右の正拳突きを交互に繰り出し始めた。
道場から腹を押さえて出てきたつかさに、薫は駆け寄った。
「大丈夫?」
そんな薫に、つかさは弱々しく微笑む。
「ああ、何とか」
「校長室へ行く前に保健室に行った方がいいんじゃない?」
薫には校内放送がアキトの仕業だと察しがついていたが、あえて言わなかった。
だが、つかさは手で制するようにして、それを拒む。
「だ、大丈夫だから」
つかさはよろめきながら、校舎の方へと歩き出した。
薫は心配で仕方なく、つかさからやや距離をおいて、後ろから着いていった。
[←前頁] [RED文庫] [「WILD BLOOD」TOP] [新・読書感想文] [次頁→]