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WILD BLOOD

第2話 ボクは男だ!

−6−

「せいやぁ! せいやぁ!」
 道場では気合いのこもった型の練習が続けられていた。坂田はそんな部員たちの脇を通りながら、腰の入っていない者に竹刀で喝を入れて行く。
「頼もう!」
 そこへ道場の入口から声がかかった。部員全員が練習を中断して、振り返る。
「貴様……」
 坂田の眉が吊り上がった。
 道場へやって来た人物こそ、アキトであった。不敵な笑みを浮かべている。
「何しに来やがった!?」
 坂田の取り巻きたち四人も色めき立った。今朝から、この生意気な一年坊主が気にくわなかったのである。
 だが、アキトは気負った様子もなく、道場の中央へ足を進めた。
「入部希望者なんですがね」
 アキトはさらりと言ってのけた。取り巻きたちは剣呑な顔つきになる。
「入部希望だと?」
「ええ。空手部って、弱いヤツをいたぶれるじゃないですか。いやぁ、オレ向きだなぁと思って」
「貴様、何が言いたい?」
「別に。さあ、先輩方。オレの入部を認めてくれますか? それとも、何か入部テストみたいなものがあるんですかね?」
 アキトの言葉に、取り巻きたちは顔を見合わせ、残忍な笑みを漏らした。
「入部テストか。あるぜ。ちょっとキツいヤツがな」
「へえ。それは楽しみ」
 アキトも凄惨な笑みを浮かべた。吸血鬼<ヴァンパイア>が本来持つ邪悪さを秘めて。



 つかさは廊下の壁に手をつきながら歩いていた。校長室は校舎の一階にあるので、比較的、近いのだが、腕も足もガクガクで、遅々として進まない。だが、早く用件を済ませて戻らないと、また坂田にしごかれるだろう。つかさは精一杯、足を動かした。
「どうしたの?」
 そんなつかさに声を掛けてくる者がいた。声の主の顔を見て、つかさの脈拍が跳ね上がる。
「待田先輩」
 それはつかさのあこがれ、二年の待田沙也加だった。
「あら。君、前にも会ったことあるわね?」
 沙也加は先日のことを憶えているようだった。
「この前はありがとうございました」
 つかさは赤くなりながら、改めて礼を述べた。沙也加が微笑む。
「いいのよ、あれくらい。それよりケガしたの?」
 沙也加はつかさの顔を覗き込んできた。さっき、坂田の竹刀が顔面に入ったとき、唇を切ったようだ。思わぬ急接近に、つかさは思わず後ろに飛び退こうとしたが、廊下の壁とあまりにも距離がなかったせいで、思い切り後頭部をぶつけてしまう。
「っっっっっっっっ……!」
 声にならず、呻くつかさ。
「大丈夫? とにかく保健室に行きましょう」
 沙也加は優しくつかさを促した。腕をつかまれては、つかさも邪険に払いのけるわけにもいかず、大人しく従う。
「すみません」
 つい、謝罪が口をついて出た。
「何を謝るの? おかしなコね」
 沙也加に笑われ、つかさはうつむいた。眩しすぎて、まともに顔を上げていられない。
 いつも遠くから眺めることしかできなかったあこがれの先輩。それが今、すぐ隣に、しかも自分の腕をつかんで、一緒に歩いている。つかさは先程の坂田のしごきも忘れてしまっていた。
「あら、保健の先生、いないみたいね」
 保健室はもぬけのからだった。だが、ドアも窓も開けっぱなしなところを見ると、すぐに戻るつもりらしい。
「まあ、いいわ。私が治療してあげる」
「え?」
 思わぬ沙也加の申し出に、つかさはドギマギした。
「そこに座って」
 沙也加はつかさにそう言うと、消毒液とガーゼを探す。手慣れた感じだ。
 つかさは恥ずかしさに逃げ出したい思いだったが、それも失礼な気がして、椅子に座ってモジモジした。落ち着かない。手の平にびっしょりと汗をかいた。
「動かないでね」
 沙也加は消毒液を浸したガーゼを手にして、つかさのケガを治療し始めた。さっきよりも沙也加の顔が間近になり、つかさの心臓はドキドキと高鳴る。その音が聞こえてしまうのではないかと気を使った。
 しかし、沙也加はそんなつかさの様子に気づいた風もなく、丁寧に治療をした。その指先が微かにつかさの唇に触れる。つかさは思わずキスを想像してしまった。つかさもやっぱり男の子だねえ(笑)。
 だが、それも時間にすれば十秒足らずの出来事だったろう。消毒を終えた沙也加は、一度、つかさから離れ、ガーゼを捨て、それから傷口に絆創膏を貼った。
「はい、これでいいわよ」
「ありがとうございます」
 学園のマドンナである沙也加に治療してもらえるなんて、他の男子が知ったら妬まれることだろう。
「あら?」
 つかさがそんなことを考えていると、何気なく保健室の入口に目をやった沙也加が、こちらを覗いている人物に気がついた。
「クラスメイト?」
 つかさは沙也加の影から顔を覗かせてみた。
「薫……」
 そこには心配してついて来た薫がいた。
 沙也加は笑顔を浮かべると、手早く使ったものを片づけた。
「あとは可愛いガールフレンドさんに任せるわ」
「そんな……」
 つかさも薫も顔を赤くした。
「じゃあ、お大事に。あまり無茶をしてはダメよ」
 沙也加はつかさに言い残すと、薫にも軽く会釈して、保健室を出ていった。
 入れ替わりに薫が入って来る。
「いつから待田先輩と親しくなったの?」
 薫の言葉には詮索が含まれていた。
「別に、そんなに親しくなったわけじゃないよ。ケガしたボクをほっとけなかったんだろ」
「ふーん、そう。待田先輩は誰にでも優しくしてくれるからねえ」
「何?」
「ううん、別に。何でもないわよ〜だ。──それより、他にケガしてるとこ、ないの?」
 あれやこれやと姉のように世話を焼いてくる薫に、つかさは辟易した。
「大丈夫だよ、あれくらい」
「何が『あれくらい』よ。死にそうな顔してたクセに」
「今は大丈夫なんだよ。それに待田先輩に治療してもらったし」
「まだ、どこかケガしてるかも知れないでしょ。いいから、ちょっと診せてみなさいよ」
 薫は消毒液のビンを手に取った。
「いいってば! 他は何ともないよ!」
「変なところで強情なヤツねえ! 診せなさいって!」
「何でだよ?」
「何ででも!」
「よせよ!」
「動くんじゃないの!」
「あーっ!」
 どぼどぼどぼっ!
 二人が暴れた拍子に、消毒液のビンの蓋が開き、つかさは頭からそれをかぶることになった。
「あ……」
 薫が硬直する(苦笑)。
「何をやってるんですか、あなたたちは!」
 そこへ保健の先生が戻ってきて、二人は大目玉を食らった。

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