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アキトを四人の取り巻きたちが囲んでいた。それを他の部員たちが固唾を呑んで見守っている。
「準備はいいか?」
面白そうに眺めているのは坂田だけだ。
アキトの唇の端が吊り上がった。笑みだ。
「いつでも」
「大した自信だな」
「それとも強がりか?」
「安心しろ。少しは手加減してやる」
取り巻きたちはアキトの落ち着き払った様子を虚勢と見たか。だが──
「そりゃどうも。じゃあ、オレも手加減しておくぜ」
と、アキトは言い放った。
それを聞いて、頭に来ないヤツはいない。
「一年坊主の分際で、ふざけやがって!」
アキトの左後方より、一人が襲いかかった。「始め」の合図もへったくれもない。これではケンカだ。
もとより、アキトが仕掛けたのは空手の入部テストなどではなかったが。
「だぁーっ!」
アキトは振り向くどころか目で確認もせず、背後より襲いかかってきた敵にキックを繰り出した。いや、単純に後方へ左脚を突き出したとしか見えない。
しかし、アキトのキックは正確に相手を捉えていた。殴りかかろうとしていた相手の鳩尾を抉り込む。
「ぐほっ!」
それは強烈なカウンターとなった。その威力を証明するように、相手の身体が宙に浮かび上がる。
その場にいた者たちは目を剥いた。坂田さえも。
アキトのキックをまともに喰らった男は、五メートルほど吹っ飛び、背中から畳に落ちた。そのまま動かなくなる。
そこで初めて、アキトは後ろを振り返った。そして、頭を掻く。
「あれ〜、手加減してるつもりなんだけど。難しいもんだなぁ」
その仕草はとぼけて見えた。
この程度で尻込みしていては、ワルは務まらない。残る三人のうち二人が、アキトに襲いかかった。
「貴様ぁ!」
「小柳をよくも!」
両者、絶妙のタイミング。一人を交わせても、二人目は無理だ。しかし──
アキトは跳躍した。その高さたるや! 人間の身長を楽々、越えられるほどだ。
もし、道場の天井が低ければ、アキトも跳べなかっただろう。しかし、道場の天井は五メートルくらいあった。
思いがけない軽業を披露された二人は、思わずアキトを振り仰いでしまった。人間、見上げると上体が立ってしまう。つまり、そこに隙が生まれる。
アキトは屈伸を利用して、二人にそれぞれキックを浴びせた。ダブル・キックが炸裂する。
バキッ!
どちらもきれいに決まり、二人は気絶した。アキトは軽々と着地を決める。
「ば、化け物か!?」
残った一人が、アキトの人間離れした動きに恐れを為した。そう、化け物なんです(笑)。
戦意を失ったヤツは、パンチ一発で簡単にノックアウトできた。一分とかけずに四人を屠ったアキトは、上座にいる坂田に視線を向けた。
「歯ごたえがありませんねえ。今度は副主将が相手してくれませんか?」
アキトは坂田を挑発した。坂田はゆっくりと立ち上がる。
「なかなかやるな。だが──」
坂田はこれまでの四人に比べると中肉中背で、むしろ小柄に見える。だが、その全身から発せられる鬼気は、他の者とは比べものにならない。
「身の程知らずもそこまでだ。オレを怒らせたこと、後悔させてやるぜ!」
坂田は黒帯を締め直し、アキトに向き直った。
アキトはあくびをした。
「ふん。どっちが身の程知らずかねえ」
両者は対峙した。その間に、他の空手部員たちがやられた四人をどかす。道場は益々、静まり返り、緊張が走った。
坂田が構えた。右半身を前にした構え。
「サウスポー?」
アキトは虚を突かれた。
そこへ繰り出される坂田の鋭い蹴り。アキトは慌てて飛び退いた。
「おっと、危ない、危ない。人間にしちゃ、やるな」
「まだ序の口だ」
坂田はスッと間合いを詰めた。リーチはアキトの方がある。それを殺す戦法だ。
もちろん、アキトもそれを許さなかった。下がりながら、坂田の攻撃をガードする。しかし、坂田の連続攻撃はスピードがあり、正確だった。受けるのが精一杯といった感じだ。
「さっきの勢いはどうした?」
坂田は次々と拳を繰り出しながら、アキトを挑発した。
だが、相手はアキト。吸血鬼<ヴァンパイア>だ。
「じゃあ、そろそろこちらも行かせてもらおうか」
アキトは坂田の拳を自らの拳ではたき落とした。その重い一撃に坂田のガードが開く。
その隙を突いて、アキトは攻勢に転じた。ロケット・ダッシュのような膝蹴りが坂田の鳩尾を襲う。
坂田は後ろへ吹き飛ばされた。だが、見事な受け身を取る。アキトの膝蹴りも決まってはいなかった。
「防ぎやがったか」
アキトは感心した。坂田はアキトの膝蹴りをとっさに自分の身体を後方へ引きながら、なおかつ右脚を上げて、腹部をガードしたのだ。それは戦いの本能がなければ出来ないことだ。
さすがに小山の大将を気取るだけのことはある、とアキトは思った。
坂田はむくりと起きあがった。
「なかなかやる。オレと五分に戦ったのは、間の野郎以来だ」
坂田はアメリカ修行中の主将を呼び捨てにした。益々、目つきが鋭くなる。
「だが、最後に勝つのはオレだ。間もいつかオレがぶちのめす!」
坂田はアキトに突っ込んできた。そして、手前で宙を跳ぶ。キックの連続技。二段蹴りだ。
アキトは冷静に対処した。左右の腕でキックを跳ね飛ばす。
坂田は着地した。だが、二段蹴りは坂田の必殺ではない。アキトの懐に飛び込む手段に過ぎなかった。
正拳突きがアキトの腹部に突き刺さった。至近距離。その威力は内臓破裂も起こしかねない。
しかし──
坂田は驚愕に目を見開いた。手応えが──ない。
アキトの身体は、いつの間にか坂田の左側に移動していた。坂田の知覚では、突然、現れたとしか思えない。
一部始終を見ていた空手部員たちも同様だった。誰一人、アキトの動きを捉えられなかった。
無理もない。それが吸血鬼<ヴァンパイア>のスピードなのだから。
「あらよっと!」
アキトは坂田の顔面にパンチを叩き込んだ。それでも全力は出していない。そんなことをすれば、坂田の頭がもげてしまう。
それでもその威力たるや、坂田の身体を十メートルも吹っ飛ばすのに充分であった。坂田は畳に叩きつけられ、その上でさらに転がった。
常人であれば、その一撃で気絶していても不思議はなかっただろう。だが、坂田はなおも起きあがろうとした。
そこへ容赦ないアキトのジャンピング・エルボーが見舞う! 坂田はその場に潰れた。
勝負あった。
誰もが沈黙せずにはいられなかった。
空手部では主将の次に強かったはずの坂田が、こうも簡単にやられてしまうとは。空手部の部員たちは慄然とした。この道場の闖入者が、とんでもない化け物に思えた(その通りなんだけどね)。
しかし、アキトは無情にも敗者の胸元をつかんで、無理矢理立たせた。
「まだ、終わっちゃいないんだ。お前に無抵抗な者の痛みってヤツを教えなきゃいけないんでね」
アキトは残忍に笑った。やはり彼は吸血鬼<ヴァンパイア>なのだ。人間の血こそ悦びなのだ。
アキトはグッタリとなっている坂田の顔面を容赦なく殴り始めた。たちまち坂田の顔は腫れ上がり、血が飛び散る。空手部員たちは正視していられなくなって、顔を背けた。
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