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「アキト!」
そこへ道場の入口から声がかかった。戻ってきたつかさだ。その身体をお節介にも薫が支えている。
「よお、つかさ」
アキトはにこやかに手を振った。そして、そのまま坂田を殴る。
「やめるんだ、アキト!」
つかさは薫の手を振りほどくようにして、道場の中へ入ってきた。そして、坂田を始め、他の先輩たち四人の状態を見て、アキトに怒気を含んだ視線を向ける。
「何でこんなことを?」
アキトは坂田の胸ぐらから手を離した。どさりと坂田が崩れ落ちる。
「なぜって、お前のために決まっているだろ。お前がコイツらにいじめられていたから、オレが懲らしめてやったんじゃねえか」
「ボクがいつ、アキトにそんなことを頼んだ?」
「ダチなんだ。それくらいのことさせてもらったっていいだろ?」
「ボクは……ボクは……アキトにそんなことをしてもらいたかったわけじゃないよ」
アキトは肩をすくめた。
「何を言っているんだよ。オレがやってやらなかったら、お前はずっとコイツらに痛めつけられてたんだぜ。一人で何もできないクセに、きれい事を言うなよ。それにこんなヤツら、ぶちのめしたって構いやしないさ」
つかさは拳を握った。
「ボクのことはどうでもいい……でも……先輩たちにひどいことをするなら、許さないからね!」
つかさはアキトに殴りかかった。それをひょいと交わすアキト。
「上等だ、お前にオレが殴れるか?」
「アキト、先輩たちに謝れ!」
つかさは本気でアキトに向かっていった。だが、吸血鬼<ヴァンパイア>であるアキトの前では赤子同然だ。アキトはつかさの頭に手を置いて、空中で体を変えた。
「こっちだ、こっち」
アキトは手招きするようにつかさを誘った。つかさも素早く方向転換する。
つかさは攻め込んだ。猛烈なラッシュだ。先程の坂田の攻撃など比べものにならない。アキトもまた、それを受けきった。
「お、おい」
二人の戦いを見ていた空手部員の一人が、隣のヤツを肘でつついた。皆、呆けたように二人の対決を見守っている。
「武藤のヤツ、攻撃は当たってないけど、あいつの動きについていっているぜ」
「ああ。武藤ってあんなに動けたのか?」
いつも先輩に無抵抗のまましごかれているつかさからは、想像もできない動きだった。
だが、これこそがつかさ本来の動きである。祖父から教えを受けた古武道の。
つかさがアキトの動きについていけるのには秘密があった。祖父の古武道は自分と相手の≪氣≫を利用した拳法だ。だから純粋なスピードはアキトに劣るものの、≪氣≫で相手の動きを読むことによって、捉えることが出来る。ましてや、アキトは吸血鬼<ヴァンパイア>であり、≪氣≫は邪悪さを孕んで、逃しようがない。
これには、さすがのアキトも舌を巻いていた。つかさを怒らせるのは予定通りだったが、ここまでアキトを追いつめるとは。ただ、反撃は元からするつもりもなかったが。
とうとう、つかさがアキトを正確に捉えた。丹田で≪氣≫を練る。
「破ッ!」
つかさの右腕が突き出された。アキトはそれをかろうじて後ろに引いて交わす。しかし、つかさの拳からパンチよりも強烈なエネルギーが叩き込まれる。それはさしものアキトも避ける術はなかった。
「どわぁぁぁぁぁぁっ!」
アキトは吹き飛ばされ、後転するように畳を転がり、道場の出口から外へ出てしまった。おおっ、と歓声が空手部員たちからあがる。
「スゲエぞ、武藤!」
「今の技は何だ!?」
「見たことねえよ!」
「お前、いつの間にそんなに強くなったんだ?」
つかさはアッという間に囲まれ、ねぎらいと質問の津波に飲まれた。慣れない経験に戸惑うつかさ。
「いや、その、ボクは……」
そんなつかさの困ったような様子をひっくり返った格好のまま見て、アキトは笑みを浮かべた。
そのアキトの脇に薫が立った。
「へえ。なかなかやるじゃない」
薫はアキトに言った。そして、つかさの方を見る。
「先輩たちをただぶん殴るだけでなく、つかさの実力を他の部員たちに見せつけてやるなんて」
空手部の部員ばかりでなく、坂田やその取り巻きたちも、つかさを見る目が変わっていた。
「あいつは優しい男だからな。自分のためには拳を振るわないが、他のヤツのためには振るう。そういうヤツだ」
「だから、わざと憎まれ役を買って出たってワケね」
「惚れ直したか?」
「ば〜か」
「薫ちゅあ〜ん♪」
アキトはひっくり返った格好のまま、薫の剣道着の裾をめくろうとした。
ピシャッ!
「てっ!」
またもや薫の竹刀が閃光のごとき速さでアキトの手を叩いた。
「さ〜て、私も部活に行って来ようっと」
薫は何事もなかったかのように立ち去っていった。
ただ一人残されたアキトは、手をフーフーしながら、
「いつか、お前の処女もいただくからな!」
と、精一杯の負け惜しみを浴びせた。
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