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一方、道場へ回り込んだ仙月明人ことアキトは、スピードを緩めると、道場の窓からひょっこり顔を覗かせ、中の様子を窺った。
道場では空手部の朝練が行われていた。一人一人が間隔をとって、型の練習を繰り返している。その中にアキトと同じクラスの武藤つかさがいた。
「おーい、つかさーぁ!」
練習中だというのに遠慮という言葉を知らないのか、アキトは大きな声でつかさを呼んだ。思わず動きが止まって、振り返るつかさ。
「げっ、アキト……」
つかさはすぐ、一番前で朝練の指導をしている空手部の副主将、坂田の顔色を窺った。坂田は怒ったような顔をしていたが、元からそんな顔なので、ハッキリとした反応は分からない。ただ、眉がピクピクと痙攣しているように動いているところを見ると、アキトを気にしているのは確かなようだ。つかさは首をすぼめた。
坂田から一喝されるかと思ったが、その代わりに練習終了の合図がかけられた。部員たちから緊張が解ける。それほどに琳昭館高校空手部の練習は厳しい。
「お疲れさまでした!」
一同、礼をし、道場の出口へと移動を始めた。そこへ部外者のアキトが入ってくる。つかさに「おーい」などと両手を振りながら。
「アキト、やめてよ!」
つかさは真っ赤になって、アキトを制した。
そんなアキトの横を坂田がすれ違った。一瞬、それを見たつかさが緊張する。だが、坂田は黙って一瞥を向けただけで、それ以上のことは何もしなかった。アキトもニヤリと笑っただけ。特に部外者のアキトに注意をするわけでもなく、続々と部員たちは退場して行った。
先日の騒ぎを目にしていれば、アキトを黙認するしかないというのが正直なところだろう(詳しくは「WILD BLOOD」の第2話を参照)。ただし、坂田だけは、内心、どう思っているかは分からないが。
アッという間に、道場にはつかさとアキトの二人だけになった。
「つれないぜ、つかさ。朝練なら朝練と、前もって言ってくれよ。家の方に迎えに行ったんだぜ」
アキトは唇を尖らせた。
それに対して、つかさはタオルで汗を拭いながら、
「どうしてボクの行動を、逐一、キミに報告しなきゃいけないんだい? ボクだって色々と忙しいんだから、キミの相手ばかりしてられないよ」
と、反論する。アキトは苦笑した。
「やれやれ。ついこの間までは、空手部に近寄ろうともしなかったくせに、今は部活の稽古にご熱心とは、これまたどういう心境の変化なのかねえ」
そう言いながら、目では「オレのお陰だぞ」と訴えていた。
そうなのだ。坂田を初めとした空手部の先輩たちに、女のようだと罵声を浴びせられ、しごかれてきたつかさが、今ようやく、一部員として認められるようになったのは、すべてアキトのお陰である(くれぐれも「WILD BLOOD」の第2話を参照のこと)。
「そ、そんなのはボクの勝手だろ」
もちろん、感謝しているつかさではあるが、ここでアキトを図に乗らせるわけにはいかない。そんなことをしたら、つかさの貞操を狙っているアキトのこと、どんな要求を突きつけてくることやら。
「とにかく教室へ行ったら? ボクはシャワーで汗を流してから行くから」
あまり無駄話をしているわけにもいかなかった。授業が始まるまで、そんなに時間はない。
だが、つかさの「シャワー」という言葉が、アキトの食指を動かした。
「オレも一緒に浴びようかなあ。でへへ。つかさの家から学校まで走って来ちまったから、オレも汗でベトベトだぜ」
そう言うアキトの目に危険なものを感じて、つかさは身を固くした。
「だ、ダメだよ! シャワー室は運動部員だけが使用を許されているんだから」
「そう堅いこと言うなって。男同士、一緒に汗を流そうぜ」
迫り来るアキト。何を想像しているのか、その顔はいやらしくだらしないゆるみ方をしている。男同士とは言え、身の危険を感じさせた。
「ヤだ! 絶対にイヤだ!」
つかさはおもむろに走り出した。シャワー室へダッシュする。
「つかさちゃ〜ん!」
気色悪い声を出して、追いかけるアキト。美女を襲う吸血鬼なら分かるが、美少年を追いかける吸血鬼とは(苦笑)。
こうして琳昭館高校の朝は、今日もドタバタ劇から始まるのだった。
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