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WILD BLOOD

第3話 嵐を呼ぶテニスコート

−6−

「よお、色男!」
 アキトは悪びれた様子もなく、からかうように声を掛けた。大神の方は肩をすくめて、逃げ腰だ。
「お前は!?」
 伊達はアキトの顔に見覚えがあった。今朝、校門の所でぶつかりそうになった男子生徒だ。確か名前は──忘れた(笑)。伊達は一度会った女性の名前は忘れないが、男の名前など憶えるつもりは毛頭ないので、無理もない。
 しかし、顔だけはよく憶えている。今また、再び刻んだ。
「惜しかったなあ、生徒会長さんよお。邪魔さえ入らなければ、最後まで行けたかも知れねえのに。でも、あの女、残念ながら処女じゃないぜ。『私、初めてなの』とか言ってたが、あれは嘘だね。匂いで分かるぜ」
 アキトは邪な表情でニヤニヤと笑う。外から二人の会話まで聞き取った聴覚は、吸血鬼<ヴァンパイア>ならではのものだが、そんなことよりも伊達の注意は大神のカメラに行っていた。
「そのカメラは!?」
「やばっ! 兄貴、逃げますよ!」
 大神は脱兎のごとく逃げ出した。せっかくのスクープである。大神が所属する写真部は幽霊部員の吹き溜まりで、活動など皆無であったが、このネタを新聞部に売れば高く買い取ってくれるはずだ。琳昭館高校新聞部は、文化部の中では、一番、活発に活動しており、月一回発行される新聞には、学校行事や部活動の試合結果など当たり障りのないものから、教師のスキャンダルや学校の七不思議と言った低俗な週刊誌っぽいネタまで網羅されて、生徒たちから好評を得ている(当然、教師たちからすれば頭痛のタネ)。生徒会長のただれた裏の顔が新聞に掲載されれば、大スキャンダルになること間違いなしだ。
 大神に腕を引っ張られるようにして、アキトもその場から逃げ出すはめになった。
「待て!」
 伊達は叫んだが、待てと言われて待つバカはいない。伊達はすぐさま、生徒会室に置いてある私物のラケットとテニス・ボールを手にすると、窓から外へ飛び出した。
「フィルムをこっちに渡したまえ!」
 伊達はボールを真上にトスすると、身体を大きくしならせるようにしてラケットを振るった。強烈なサーブが放たれる!
 ギュルルルルルル! すこーん!
 サーブは唸りを上げて、逃げる大神の後頭部へ、見事にヒットした。その威力に、大神は倒れてしまう。
「お、おい! イヌ!」
 一緒に走っていたアキトは、大神が転倒したのに気づいて、立ち止まり、その身体をゆさぶった。
「うっ……」
 微かに呻く声。気絶はしてないようだ。だが、伊達のサーブの一撃は強力すぎた。昼間で獣人化していないとは言え、不死の怪物である狼男にここまでのダメージを与えるとは(これは「WILD BLOOD」の第1話を参照)。
「まったく、大人しくフィルムを渡してくれれば、こんな痛い目に遭わずにすんだものを」
 獲物を仕留めたハンターのように、伊達はゆっくりと倒れている大神に近づいた。そして、首から下げていたカメラを手にする。
「おい、何を……?」
 アキトがカメラを奪い返そうとする前に、伊達は中のフィルムを引き出していた。これで撮影していたものは、すべて台無しだ。
「盗撮とはお下劣もいいところだ。カメラを持つなら、もっとマシな使い方をしたまえ」
 そう言って、伊達はカメラを放り投げた。アキトがすんでのところをキャッチする。
「てめえ!」
 アキトの目がつり上がった。大事な舎弟を傷つけられて、黙っていられるほど人間が出来てはいない。──いや、吸血鬼<ヴァンパイア>か。
「なんだい、その目は。暴力という手段に訴えるつもりかい?」
「お望みなら、そうしてやってもいいぜ」
 アキトは指をばきばきと鳴らした。そして、伊達の胸ぐらをつかんで、パンチをお見舞いしようとする。
 そこへ──
 パシッ!
「てっ!」
 アキトの後頭部を竹刀の一撃が痛打した。
 その攻撃に振り返るアキト。
 そこにいたのは、アキトやつかさと同じクラスで、剣道部に所属している忍足薫だった。

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