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WILD BLOOD

第3話 嵐を呼ぶテニスコート

−9−

 伊達は鼻血を押さえながら、保健室へ向かった。こんなところを女子の誰かに見つかったりしてはカッコ悪い(それよりもズボンのファスナーが開いていることの方がカッコ悪いと思うが)。周囲の気配には充分、気をつけた。
 幸い、誰に見つかることもなく、保健室に辿り着くことが出来た。中には保健医の先生もいない。伊達はそろりと保健室の中に入った。
 まず消毒液を浸した脱脂綿で、血に汚れた鼻の周りをきれいにし、鏡を覗き込んだ。どうやら傷はないらしい。鼻の骨も折れているということはない。単純に鼻血だけが止まらないようだ。脱脂綿を小さくちぎり、鼻の穴に詰め込んだ。そして、改めて鏡を眺める。顔の角度を様々に変えた。よし、鼻に詰め物をしているのは分からないだろう。
 伊達は安心して、保健室から出て行こうとした。すると白いカーテンの向こうから、すこやかな寝息が聞こえてきた。カーテンの向こうにはベッドが置かれている。伊達はなんとなく気になり、カーテンから中を覗いてみた。
 ベッドに寝ている人物を見て、伊達は息を呑んだ。そこには可憐な少女が寝ていた。非常に伊達の好みのタイプだ。伊達は無意識のうちにベッドに近づいていた。
「ん……」
 その気配を感じたのか、少女は目を覚ました。つぶらな瞳が見開かれる。
「やあ」
 伊達はグルーピーたちを悩殺させてきたスマイルを少女に向けた。すると少女は驚いたように、益々、目を大きく見開く。
「あっ……」
「ごめん、起こしちゃったかな?」
 伊達はスマートな物腰で話しかけてきた。少女は慌てて、上半身を起こす。
 少女は制服でなく、体操着を着ていた。伊達が想像したとおりの華奢な身体。思わず抱きしめたいと願った。
「伊達さん……」
 少女は伊達の名前を呼んだ。伊達が微笑む。
「ボクの名前を知っててくれるなんて光栄だな」
「そ、それは……この学校の人なら誰でも……」
 少女は顔を赤らめた。そのウブな反応を見て、伊達は内心、ほくそ笑む。
「フフフ。それより君の名前は?」
「武藤……武藤つかさです」
 そう、ベッドに寝ていたのは少女などではなく、歴とした男であるつかさだった。だが、伊達は気づいていない。上半身の体操服姿では、普段から女性と間違われるつかさは、まるで幼さを残した少女のようであった(それでも胸はペッタンコなんだけどね)。
「つかさクンか」
 伊達はつかさの名前を口の中で繰り返した。それにしても、伊達の頭には琳昭館高校すべての女子生徒の名前がインプットされているはずなのに、つかさの名前はなく、こんな美少女を見落としていたとは、と悔やんだ。まあ、本当は男なのだから、伊達が知っているはずもないのだが。
「つかさクンは一年生?」
「はい、一年A組です」
 一年A組と言えば、忍足薫と一緒のクラスだ。
「具合が悪いのかい?」
「ええ。体育の時間に貧血を起こして……」
「それはいけないな。放課後まで寝てるといいよ」
「いえ、もう大丈夫ですから」
 つかさは慌てて、ベッドの布団を剥ごうとした。それを伊達が制する。
「ダメだよ、病人は大人しくしてなくちゃ」
 伊達は優しくそう言って、つかさを寝かしつけた。そして、つかさの髪に触れてくる。つかさは顔を真っ赤にさせた。
「だ、伊達さん……?」
「さあ、目をつむって」
 息もかかりそうなくらいに顔を近づけ、伊達は囁いた。この場にアキトがいたら、嫉妬に怒り狂っていたことだろう。
 そこへ始業のチャイムが鳴った。昼休みの終わりだ。
「おっと、ボクは行かないと」
 伊達はつかさから離れた。そして、得意のウインクを決める。
「じゃあ、ゆっくりとおやすみ」
 そう言って、伊達はカーテンをくぐり、教室へと戻っていった。
 残されたつかさは、暑さに絶えかねたように布団をはねのけると、再び上半身を起こした。そして、耳まで真っ赤にして、呟く。
「あ〜、伊達さんのファスナー開いてること、教えてあげた方がよかったかなあ」

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